0140魔改造人間VS魔道具人間
バニラ「最近、野菜が高くなったなぁ…。」
ぼくはムスッとしながら街を歩いていた。
左手には、フルーツや食べ物の入った紙袋。
今日は街へお買い物に来ているのだった。
ハーブばかりじゃなくてたまにはしっかり栄養のある野菜も食べないと…と思ったんだけど、こう高いとなかなか手が伸びない。
あまつさえ先日、ちょっと背伸びをして高価な工具を買ったので、正直言って今はお財布がかなり寂しい。
青果のおばさんに頼み込んで、しなびた葉物を格安価格で譲ってもらった。
バニラ「節約にはなったけど、これちゃんと栄養入ってるのかな…。」
我ながら、なんとなく本末転倒な感じがした。
おじさん「バニラ君。」 バニラ「ああ、こんにちは。おじさん。」 商店街をよくぶらついているおじさんだ。 おじさん「さっき君を探してる人がいたよ。」 バニラ「え?誰だろ?。」 おじさん「さあ~…。見かけない顔の2人組でね。どっちも変わった格好をした、美人さんだったよ。バニラ君ばっかりモテて、おじさんうらやましい…。」 バニラ「うーん、心当たりがないなあ。」 おじさん「君の家を教えてあげようと思ったんだけど、聞かずに噴水広場の方に歩いて行ったよ。せっかちなんだね。」 バニラ「噴水広場だね。行ってみるよ。ありがとう。」 おじさん「ユーアーウェルカム。」
てくてくと歩いて噴水広場にきた。
噴水広場はレンガの敷き詰められた円形の広場で、まわりをぐるっと建物に囲まれている。
名前の通り真ん中に大きな噴水があるんだけど、水を吐き出しているのがなぜか大きなタコの彫像だ。
だから、タコ広場と呼ぶ人もいる。
oto1{きょろきょろ}
それらしき人はいないみたいだ。
ちょうどいいタイミングで、広場の入り口に見知った顔を見つけた。
バニラ「こんにちは、おばさん。」
おばさん「バニラくん。今日も元気そうね。あめちゃん食べる?。」
バニラ「うん、ありがとう。ところで、このあたりにぼくを探している女の子2人組を見なかった?。」
おばさん「ああ、あの子たちかしら。変な服の女の子たちは見たわよ。」
バニラ「その子たちだ!。」
おばさん「ローズちゃんと話してたみたいだけど、3人そろって坂を下りていったわよ。」
バニラ「ローズが? ぼくの家のほうに行ったのかな。ありがとね、おばさん。」
ぼくは踵を返そうとした。
おばさん「バニラくん。」
バニラ「ん? 何?。」
おばさん「3股はだめよ。だれか一人に決めなさい。どっちつかずの態度は、みんなを傷つけるんだからね。」
バニラ「誤解だ!。」
いろいろ寄り道をしたけど、結局我が家に帰ってきた。
家に近づくと、門の前にいくつかの人影があるのが分かった。
ひとりはローズだ。
その隣に、見知らぬ人物が2人立っている。
ローズ「おっ、返ってきた! バニラ!。」
ローズが手を振って駆け寄ってきた。
ローズ「お客さんよ。街で道を聞かれたから家まで連れてきたんだけど、留守だったから。そのまま待ってたのよ。」
バニラ「そっか。ありがとう。」
ローズは見知らぬ2人の方に歩み寄り、手振りをしながら紹介してくれた。
ローズ「こっちがディーさん。こっちがステインちゃん。」
ディーと呼ばれた女性は、薄笑いを浮かべたままこちらを見た。
ぼくたちより少し年上、おそらく20歳より手前くらいの、知的な感じを受ける女性だ。
茶色の長い髪を垂らし、ふちの太い赤いメガネをかけている。
白衣をはおっている上に黒いゴム手袋をつけているのは、なんというか独特なセンスだ。
一方、ステインと呼ばれた女の子は、表情一つ変えずこちらを凝視している。
とにかく冷たい印象を受ける彼女は、にらみつけるような目を向けたまま会釈のひとつもする気配がない。
ぴったりと体のラインにフィットした動きやすそうな服で、こちらもちょっと変わった服装と言わざるを得ない。
年代はぼくと同じか、少し若いくらいに思われた。
ディー「君がクライン君だね? ディーだ。ドクターと呼ばれることもある。よろしく。」
ドクター・ディーが右手を差し出してきた。
買い物袋を持ったまま、空いている右手で握手をする。
ぎゅむ、とゴム手袋の音がした。
バニラ「ドクター・ディー、それからステイン、よく来てくれましたね。ぼくに何かご依頼ですか?。」
ディー「依頼ではないんだが、君のウワサを聞いてね。」
彼女はねっとりとした、独特なしゃべり方をする。
ディー「君、自分の体におもしろいことをしているそうじゃないか。」
バニラ「ああ、これのことですか?。」
ぼくは握手したまま右手を切断して見せた。
ドクター・ディーは自分の手が握ったままの手首をしばし見つめて、そしてつぶやいた。
ディー「ほう。」
ドクターがうっすーいリアクションをしたので、ちょっとムッとした。
隣のステインなんて、死体のように1ミリも動かずに冷ややかな目で見ている。
…意地でもびっくりさせてやる。
ぼくは首を切り離して生首を空中に放り投げ、くるくると回した後、膝で2、3回リフティングをしてから元通りくっつけて見せた。
ローズ「おおっ!。」
ローズは目を見開いて好奇心にあふれた顔でぼくを見ている。
そう、その反応が欲しいんだよ!
ディー「なるほどなるほど、これは驚いた。聞いていた通りだ。」
ドクターはわざとらしく表情を変えたが、その目の奥にはまったく驚いている様子がなかった。
そしてぼくの右手を事務的に返してくれた。
全然驚いてないじゃん。
ぼくはがっかりした。
ディー「君の技術力は本当にすばらしいよ、クラインくん。期待通りだ。」
ドクターはニチャっと笑った。
ディー「本当に、破壊するのが惜しいくらいだ。」
バニラ「え…。」
oto1{ザクッ。}
全く見ることができなかった。
気づいたとき、ぼくの腹は長い刃物で貫かれていた。
刃物を持っているのはステインだ。
ドクター・ディーは恍惚と興奮が入り混じった表情でぼくの姿を見ている。
持っていた買い物袋が地面に落ち、パンやフルーツが転がり出る。
彼女が目にもとまらぬスピードで近づき、ぼくを貫いたらしい。
よく見ると、刃物を持っていると思っていたが、彼女の上腕の途中から先がなくなっていて、そのかわりに刃物が生えているのだった。
彼女は一体…!?
ぼくは刃をつかみ、抜こうとしたが彼女の方が早かった。
彼女のもう一つの腕から刀が飛び出し、目にもとまらぬ速さで一閃すると、ぼくの体が腰で水平にまっぷたつに切断された。
そしてぼくの上半身が地面に落ちる前に彼女が両手を高速で振ると、ぼくの体は無数の肉片になって地面に散らばった。
ステインは両手を勢いよく振って刃についた肉片を払うと、刃を両腕の中にしまい、ディーの横にもどった。
ローズ「ステインちゃん!? 何をしてるの!?。」
ディー「ビックリさせてすまない。しかし君の反応から見ると、やはり彼はこれくらいでは死なないようだな。」
ローズ「あんた一体・・・。」
もちろん、ぼくはバラバラになった目や耳のパーツでそのやり取りを見ていた。
バニラ「失礼じゃないか!初対面でいきなり切りかかるなんて!。」
こま切れになったぼくの肉片は芋虫のように動くと1か所に集まり、一つの大きな肉塊になった。
肉塊はねじれて盛り上がると、もとのぼくの形になった。
バニラ「一体どういうつもり!?。」
ぼくは本気で怒っていた。
さいころステーキにされたことも確かに腹立たしい。
でもそれ以上に、なんの心当たりもないのにいきなり暴力を振るわれたほうがショックだった。
ディー「聞こえなかったか? 我々は君を破壊するために来たんだよ。」
バニラ「ぼくが君たちになにかしたっていうの!?。」
ディー「いいや、もちろんそんなことはない。君に恨みがあってやっているのではないんだ。」
ドクター・ディーは、余裕を見せつけるように左右に歩き回りながら言った。
ディー「君は、新しいおもちゃを手に入れたら、すぐに遊んでみたくはならないかね?恥ずかしながら私はそうなんだよ。」
何の話をしているかはわからないが、回りくどくネチネチと説明するのが彼女の流儀らしい。
ディー「かねてから君のウワサは耳に入っていたよ。だから、どちらが優れた魔法技術者なのか、ぜひ勝負をしたいと思っていたんだ。」
ディー「そんなときに完成したのがこのステインだ。彼女は私が戦闘用に調整した魔道具人間でね。私の魔道具人間と魔改造人間の君、どちらが優れているのか。決闘をもって決着をつけたくなったのだよ。」
魔道具人間!?
人型の魔道具なんて聞いたこともない。
それも、自律して動くなんて…。
でも、彼女の手から刃物が出ていたことは、確かにその説明で納得できる。
ローズ「ふざけないで! 一方的に決闘だなんて、勝手じゃない!。」
ディー「君には関係ない。ケガをしたくなければ下がっていたまえ。」
ステインが右手をぼくに向ける。
さっきとは違う形に変形している。
細長い箱のような形だ。
こちらに向いている面がまばゆく光り始めている。
何かやばそうだ。
ぼくはとっさに右に身をひるがえした。
直後、まばゆい光が走った。
oto3{ゴオオオオオッ}
ステインの右手の箱からは光の筋が発射される。
これは…高度な光の魔法だ。
彼女の腕はさまざまな武器に変形することができるらしい。
光線の直撃は避けられたが、左手のひじから先が蒸発してしまった。
光の軌跡の先にあった木は切り倒されたうえに燃え上がり、石垣の石もドロドロに溶けて穴が開いている。
バニラ「すごい破壊力だ…。」
このままここにいてはローズを巻き添えにしてしまう可能性がある。
ぼくはできるだけローズから離れるように走った。
そのあとをステインが追ってくる。
ローズ「あ、待ちなさいって!。」
ローズはロッドを取り出し、魔法を唱えようとした。
が、そのロッドに何かが絡まり、阻止した。
それは、ディーの手に握られたムチだった。
ディー「これは彼らの決闘だといったはずだ。邪魔をするのなら私が相手になるぞ。」
遮蔽物が多い森を選んで、木々の間を走り続ける。
背中を狙われづらいように、左右にジグザグに動いていたが、ぼくの体は既にビームを何発か被弾していて、チーズのように穴だらけになっている。
頭も右三分の一くらいが無くなってしまっていた。
ステイン「私から逃げることはできません。いさぎよく戦いなさい。」
彼女の背中や足からはスラスターが吹き出ており、かなりのスピードで、しかも機敏に追ってくる。
ぼくに地の利がある森にもかかわらず、距離を広げることができない。
次の瞬間、ステインは急に空中に止まった。
ステイン「力づくで止めるしかないようですね。」
腕のビーム装置を一旦しまうと、両手を前にそろえて構える。
手のひらから、とがった鉄パイプのようなものが十数本発射される。
よけきれない!
ぼくは足と腹を鉄パイプに貫かれ、木に釘付けにされてしまった。
逃げられる心配がなくなったためか、ステインがゆっくりと歩いて近づいてくる。
バニラ「どうしてこんなことをするんだ。」
ステイン「ドクター・ディーの命令だからです。」
バニラ「彼女の命令だったら何でもするの!? 君は本当にこんなことを望んでいるのか?。」
ステイン「私はドクターの道具です。私は…うっ…道具…私は…。」
ステインの様子がおかしい。
急に彼女は頭を押さえて、苦しそうな表情を浮かべる。
ひょっとして、彼女はドクターに何かされたのだろうか?
とにかく、動きが止まっている今がチャンスだ。
ぼくは鉄パイプから体を引き抜くと、木に刺さっているパイプを引っこ抜いた。
バニラ「魔道具とはいえ女の子を傷付けるなんて嫌だけど…ごめんね。」
彼女の足に思いっきりたたきつける。
oto1{ガキィン!}
硬い手ごたえに両手がしびれる。
手に持っていた鉄パイプはへこんでしまっていた。
見ると、彼女のやわらかい足の皮膚は衝撃で破れていて、その傷口から金属のような質感の骨組みが露出している。
これがとてつもなく固いようだ。
バニラ「ぼくの力では破壊は無理か…。」
そしてその後に起こったことにぼくは驚いた。
彼女の足に開いていた傷口から細い繊維のようなものが出てきて組織を修復すると、最初からなかったかのようにキレイに傷を消してしまった。
バニラ「どうやら君は普通の魔道具ではないらしいね。」
修復の呪いに似たような機能がついているみたいだ。
これでは彼女を無力化することは難しいだろう。
ステインは雑念を振り切るように頭をふって、こちらに向き直った。
まだ手で頭を押さえている。
ステイン「戦う気になりましたか。いい心がけです。」
ステインは両手をひらき、前に構える。
手のひらはぼくの方を向いている。
両手が融合し、何か巨大な装置に変形する。
その装置全体が光り始め、まばゆい光の玉を形作る。
ローズ「バニラ!。」
ディーとお互いのほっぺたをつねり合いながら、ローズがうしろから走ってきた。
バニラ「だめだ、こっちに来たらあぶない!。」
次の瞬間、光の玉はぼくの体に直撃した。
ものすごい熱量に、ぼくの血や肉が沸騰するのが分かる。
ぼくの体は蒸発し、肉片のひとつも残さず消え去ってしまった。
ローズ「イヤああああ!。」
ローズの悲鳴があたりに響き渡った。
ステインはしばらく腕の装置を構えて辺りを警戒していたが、ぼくの肉体が残っていないことを確認すると、武装を解いた。
ステイン「ドクター、任務完了しました。」
ディー「うん、ご苦労。」
ローズにつねられて赤く腫れたほっぺたをさすりながら、ドクター・ディーは満足げにうなずいた。
ローズ「どうしてこんなこと! よくもバニラを…!。」
ローズはロッドを振り上げて魔法を構える。
その顔は怒りでゆがみ、目からは涙を流している。
ディーはやれやれといった顔でため息をつくと、くい、と首で指図する。
oto1{ドスッ}
ステインが消えたかと思うと、ローズのみぞおちに拳を突き立てていた。
ローズはあまりの痛みに息ができず、せき込みながら地面にうずくまってしまう。
ディー「君まで破壊するつもりはない。そこで大人しくしていたまえ。」
ディー「もう会うこともないだろう。案内してくれたことは、本当に感謝しているよ。」
そう言うと、2人は彼女を置き去りにして立ち去っていった。
ローズ「うう…っく…。」
木々のざわめきの中でローズの嗚咽だけが聞こえる。
ローズ「私のせいだ…私があいつらを連れてきたから…。」
ローズ「あんたに言いたいこと、たくさんあったのに…一緒にしたいこと、たくさんあったのに…。」
彼女の顔は涙と泥でぐしゃぐしゃだ。
これ以上彼女を1人にしておくのはかわいそうだ。
バニラ「言いたいことがあるって?。」
ローズ「!? その声…バニラ!?。」
ローズが振り返った視線の先は、おそらく奇妙な光景だったことだろう。
ぼくの唇だけが、空中に浮かんでいる。
バニラ「ぜひ聞かせてほしいな。」
ぼくは口だけをパクパク動かしながらしゃべっていた。
唇の間には、しゃべるたびに暗闇が見え隠れしている。
ぼくの口は、大きく息を吸い込むと、大きく開いて何かを吐き出した。
長細いそれは、ぼくの右腕だ。
バニラ「ゲホッ、ゲホッ。」
せきといっしょに他のパーツも吐き出す。
穴の開いた胸部、右半分のない頭。
少ないけど、今はこのパーツで全部だ。
ぼくは右手を器用に使ってパーツをつなぎ合わせた。
最後に、空中の唇を顔に押し付ける。
ローズ「無事だったの!? な…何よ! 何回私を泣かせたら気が済むの!。」
そういえば、ぼくが死にかけるのっていつもローズの前ばかりだな。
バニラ「ごめんごめん。まあ、本当に死んじゃうよりマシだろ?。」
ぼくは左手が切断された断面に右手を思いっきりつっこむ。
右手を引き出したとき、そこには左手がつかまれていた。
そのままずるずると左腕を引き出して元の長さにした。
目をつぶって体をふるるっと震わせた。
みぞおちの断面から何本かの触手がとびだし、絡まりあって2本の太い綱を作った。
さらに細い触手が何本も絡み合い、ぼくの下半身と2本の脚が再生した。
追いかけるように、ぼくの服が再生する。
バニラ「やれやれ。彼女たちが戻ってくるとは思えないけど、念のため家の中に入って話そう。」
バニラ「ステインの光弾を見たとき、この魔法はやばいと思った。急いで体を異次元に収納したんだ。
でも少し遅かったみたいで、胸より下は蒸発させられてしまったみたいだね。全身を吹き飛ばされる前に逃げられてよかったよ。」
ローズ「…また私の知らない改造をしてたってわけね。」
バニラ「ごめん、話してなかったっけ?。」
ローズ「もう!。」
ローズはまだ少しべそをかきながら笑っている。
バニラ「ぼくが生きていることは、間もなく彼女たちに伝わるだろうね。家も知られてしまったし、どうしたものか…。」
ローズ「どこか遠くに避難しようか? 私にも責任があるし、ついていってあげるわ。」
バニラ「まさか! それじゃあ彼女に負けて逃げ出したことになる。魔法技術で負けを認めるくらいなら、ステインに消し去られた方がマシだよ!。」
ローズ「弱いくせに本当に威勢だけはいいわね…。でも、その意気は買ったわ!。」
バニラ「こっちが負けを認めたくない以上、やっぱり彼女にリベンジするしかないだろう。彼女にこっちから挑戦状をたたきつけてやる!。」
ぼくは鼻息を吹き出しながら宣言した。
ローズ「でも、彼女たちがどこにいるのかわからないでしょ。」
バニラ「ふっふっふ、手は打ってあるよ。」
ぼくは左手を振ってみせた。
その左手には、手首から先がなかった。
ドクター・ディーのアジトはスカラヴィルから少し離れたところにある。
人の寄り付かない鬱蒼とした森の中、たくみにカモフラージュされた崖の中に隠されている。
最高の結果を目の当たりにした彼女は、るんるん気分でアジトに帰ってきたのだった。
ディー「よい働きだった、ステイン。声をかけるまでスリープしておきたまえ。」
ステイン「了解しました。」
ディー「やはり私こそが最高の魔法技術者ということだ!ぶつぶつ…。」
なにやらガッツポーズを決めながらつぶやいているドクター・ディーをよそに、ステインは居間を出て倉庫に入った。
そして木箱やガラクタのスキマ、彼女に割り当てられた棺桶のような収納箱に入ると、横になって動きを止めた。
その直後、ステインのお尻のあたりから、何かが這い出てきた。
それは、左手首だった。
左手首はカサカサとクモのように倉庫内を走り回り、木炭をつかみ取った。
そして倉庫を出て、真っ白に塗られた廊下の壁に大きく文字を書き始めた。
文字を書き終わると、左手の手のひらに穴が出現した。
左手は開いた穴に次々に指を入れ、最後には自分自身もクルンと裏返ると虚空に消えてしまった。
残された壁にはこう書いてある。
バニラ=クライン
次の日、真っ赤な顔のドクターがぼくの家に殴りこんできた。
ディー「やってくれたな、クライン!。」
バニラ「ゲラゲラゲラ。」
ディー「許さん! お前を叩き潰したあと、壁の修理代を略奪してやるからな!。」
バニラ「いいとも。どうせぼくを倒すのは無理だろうけどね。」
ディー「バカにするな! やれ、ステイン!。」
ドクター・ディーが手を振りかざすと、ステインが例の刃で切りかかってきた。
oto1{ガキィン!}
その刃はクロスしたぼくの両腕で止まっている。
ぼくだって何の用意もなくリベンジするほどバカじゃない。
バニラ「君の腕からヒントをもらったんだよ、ステイン。こっちの腕も改造済みだ。」
ぼくの腕に少し開いた切り口からは、白い鉄骨が見えている。
ステインの刃とせりあって、激しく火花を散らしている。
バニラ「ものすごく頑丈な魔法合金、メチャカタイトの鉄骨だよ。君のカタナでもこれは…。」
ディー「愚かな。」
oto1{スパァン!}
ぼくの両腕が鉄骨ごと真っ二つに切り分けられ、地面に落ちてしまった。
バニラ「ああああああ!この鉄骨、高かったのに!。」
ぼくは切断された両手をくっつけながら逃げ始めた。
ステインはスラスターで追ってくる。
ステイン「また逃げるのですか? 結果は同じです。おとなしく私に消されてください。」
バニラ「消されるなんてゴメンだよ! ぼくの体にはまだまだ改造しないといけないところがあるんだ!。」
バニラ「それに、いつ逃げるなんて言った?。ローズ!。」
ぼくが呼びかけると、茂みに隠れていたローズが飛び出してきて、すぐさま魔法を構える。
ローズ「昨日のパンチのお礼よ! これでもくらいなさい!。」
ロッドの宝石が光ると同時に、ステインの足元の地面に光る大きな魔方陣が現れた。
魔方陣の地面が円盤状に盛り上がり、そして・・・。
oto1{メキメキ…}
ステインを挟み込むように二つに折れていく。
ステイン「し…しまっ…!。」
oto3{ガオンッ!}
岩はステインを押しつぶしながら完全に二つ折りになった。
バニラ「やった!。」
あたりを砂ぼこりが包む。
ローズ「いや、まだよ!。」
砂ぼこりが収まってくると、その中にうずくまる人影が見えてきた。
ステインだ。
かなりボロボロになっているが、まだ動いてこちらをにらんでいる。
頭や体のパーツはひしゃげ、全体がやや平面的につぶれてしまっている。
修復機能が働いているようだが、損傷が大きく、間に合っていないようだ。
バニラ「こんなに破壊されても動くのか。それ以前に、この魔法を受けて原型をとどめているなんて。すごい技術だ!。」
ローズ「関心してる場合じゃないでしょ! 早く拘束しなさい!。」
oto1{カチッ}
ぼくは足元に隠してあったスイッチをふんだ。
木陰に設置しておいたバリスタから数本の矢が発射される。
彼女の戦闘能力は侮れない。
だから、トラップも用意しておいた。
2本の矢がボロボロになったステインの体を貫いた。
そしてバリスタにはワイヤーがつながれていて、ワイヤーの先は木にくくり付けてある。
これで動き回ることはできないはずだ。
バニラ「この前、はりつけにしてくれたお返しだよ。このワイヤーはワイバーンの体毛を編み込んだものでね、ちょっとやそっとでは…。」
ステインがブレードを振り回すと、ワイヤーはあっけなくコマ切れになってしまった。
「がっかりです」とでも言いたそうな冷めた顔で彼女は体に刺さった矢を引き抜く。
体に開いていた穴も1秒でふさがってしまった。
バニラ「あーっ! 2週間分の食費をはたいて買ったのに!。」
ワイヤーから自由になったステインは、ひしゃげたスラスターをふかして加速した。
変則的な軌道で、一気にぼくとの距離をつめる。
早い!
ステインの拳がぼくの腹に当たった。
ぼくの背骨と内臓は破片となって飛び散り、お腹に大きな穴が開いてしまった。
ステインが曲がった両腕を変形して、例の光弾装置を充填する。
ステイン「少々あなた方を見くびっていたようです。出力100%で、確実にこの世から消してあげましょう。」
彼女の腕が強く光る。
これを喰らえば、今度こそ僕は消滅するだろう。
ローズ「バニラ! 早く逃げなさい!。」
どうする?
逃げるのか?
バニラ「いや、逆だ!。」
ぼくは逆にステインに向かって走り出した。
ステイン「自殺願望ですか? いいでしょう。消えてなくなりなさい。」
彼女の腕がいっそう強く光る。
バニラ「伏せて、ローズ!。」
そして…。
oto3{ドォォォォン!}
爆発音があたりに響いた。
すぐあと、空中からいくつかの塊が落ちてきた。
ちぎれ飛んだ腕や足、体のパーツだ。
そして最後に落ちてきたのは、片目の壊れたステインの生首だ。
それは何度かバウンドして地面に転がった。
ステイン「くっ…一体何が…!。」
首だけになったステインは、まだ機能しているらしい。
ぼくは地面に立っていた。
バニラ「ぼくの体を見てごらん。」
胸には、ビーム兵器に変形したままのステインの両腕の先端が突き刺さり、ぼくの体の中に消えている。
そしてぼくの右手はステインのいたほうに伸びていて、その先には…ステインのビーム兵器の先端だ。
バニラ「ぼくは体を通して物体を異次元に送ることができるんだ。君のビーム装置を異次元空間に通して君自身に向けたってわけだよ。」
地面に散らばった彼女のパーツをみると、それぞれが動いている。
そして、切断面からは例の繊維が這い出はじめていて、他のパーツを探している。
はやくも修復処理が始まっているらしい。
ローズ「ほら、急がないと。また元通りになっちゃうわよ。」
ぼくはステインのパーツを拾い集めて、切断面が重ならないように積み重ねる。
ローズが魔法をかけるとワイヤーでぐるぐるまきに縛り上げられた。
念のため、生首はぼく自身の手で持った。
その頃、ドクター・ディーが追いついてきた。
バニラ「どう? これでステインは何もできないよ。」
ぼくはステインの首を見せびらかしながら言った。
ディー「くやしいが見事だ。君の機転はもっと警戒するべきだった。今回は君の勝ちとしておこう。」
ドクター・ディーは無残な姿になっているステインを確認すると、意外にもあっさりと認めた。
ディー「さて、ステインをこちらに返してもらおうか。」
バニラ「え? いやだけど。」
ディー「は? 何を言ってるんだ?。」
バニラ「だって返したら修理して、またけしかけるつもりだよね?。」
ディー「当然だろう。修理どころかパワーアップさせるぞ。君を叩き潰すまで、何度でもだ。」
バニラ「じゃあ嫌に決まってるじゃん。」
ディー「ふざけるなよ、クライン。人のものを返さなかったら、それはドロボーだ。」
バニラ「君なんかドロボーどころか殺人未遂犯じゃないか!。」
子供のようなケンカがしばらく続いた。
気のせいかもしれないけど、ステインの冷たい目がさらに冷ややかにぼくたちを見ている気がした。
ローズ「魔法技術者ってみんなこんなヤツばっかなのかしら。」
日が傾いてきた。
バニラ「目玉焼きには塩コショウが至高!それ以外は認められないね!。」
ディー「ソースの偉大さを知らんとは憐れだなクライン!。目玉焼きにはソースこそ究極!。」
口喧嘩の内容もいつの間にかどうでもいい話題にすり替わっていた。
ステインはというと、退屈したらしく目を閉じてスリープモードになってしまっている。
ローズ「ご歓談中に失礼しますよ、っと。そろそろ終わりにしてくれない? 晩御飯の準備をしないといけないんだけど。」
ディー「うるさいぞ外野!。」
バニラ「ローズは黙ってて!。」
oto1{プツン}
ローズは杖を振りかざすと、躊躇なく魔法を唱えた。
oto1{ドゴォォン!}
ぼくとドクター・ディーが立っていた地面が爆発して、二人とも吹っ飛ばされた。
バニラ「いたたた…ぐへっ。」
吹っ飛ばされたドクター・ディーが僕の上に重なるように落ちてきた。
ディー「いたた…。は、離れろ、バカもの!。」
彼女が怒鳴ると吐息がぼくの首筋にあたった。
離れようともがくほど、バランスがくずれて彼女のやわらかな胸がぎゅうぎゅうとぼくに押し付けられる。
ローズ「オタク同士の喧嘩に巻き込まれた私の身にもなりなさい! それにアンタ、決闘に負けたくせにうじうじと食い下がるんじゃないわよ!。」
ディー「ぐぅ…悔しいが一理あるな。」
ローズ「帰らないなら、今度はフルパワーでおうちまでぶっ飛ばしてあげようかしら!?。」
ローズは片手を腰に当てて決めポーズで杖を突き付けている。
ディー「…。まあいい、君を叩き潰す方法なんて他にいくらでもあるんだ。そのあとでステインを取り戻せばいいだけのこと。それまで預けておくことにしよう。」
ドクターは急に戦意をなくしたらしい。
捨て台詞を吐くと、とぼとぼと帰っていった。
それにしても、ディーに乗られたときの感触、それにあの香り、非常になんというか…。
oto1{ごんっ!}
ローズ「いつまでもデレデレしてるんじゃないわよ!。」
杖で物理的に殴られた。
バニラ「いたっ! もう、なんなんだよ…。」
ローズ「顔を引き締めてあげたんだから、感謝しなさい!。」
ローズ「それはそうと、この子はどうするのよ? 言っとくけど、うちではこんな危なっかしいもの、預かれないからね?。」
ディーが去ってしまい、ステインの生首はしゅんとしてしまっている。
殺されかけたとはいえ、なんとなくかわいそうになってきた。
バニラ「とにかく、うちで預かるしかないよね。」
その夜、ぼくは作業部屋にいた。
床にはダンゴ状態に縛ったステインのパーツが転がしてある。
そして作業台には、ステインの生首。
ステイン「う"ー! う"ー!。」
さるぐつわをされた状態で、頭だけのステインが何か抗議をしている。
バニラ「君の噛む力までパワフルでなくてよかったよ。」
先日の戦闘中にステインが急に頭を抱えたことがずっと気になっていたことがあった。
ひょっとするとこの子は、自分の意志に関係なくドクター・ディーに従わされていたのでは…?
もしそうであれば、その呪縛から解放してあげなくてはならない。
ステインには自分の体を修復する機能がある。
事実、さっき木っ端微塵に吹き飛んだパーツのうち、いくつかは自動的に引っ付いて、ある程度大きなパーツに復元していたようだった。
彼女には失礼かもしれないけど、修復能力があるのなら、思い切って体の中を見せてもらうことにした。
彼女の頭を作業台に固定する。
頭頂部からメスを入れ、後頭部から首元までを切開する。
彼女の顔がビクッと反応し、目に軽く涙が浮かぶ。
バニラ「ごめんね…。」
後頭部の皮を剥ぐと、幸いメンテナンス用のハッチらしきものを見つけることができた。
固い頭蓋骨を割る羽目になったらどうしようかと思っていたけど、取り越し苦労だったみたいだ。
固定具をひねるとハッチが開き、彼女の頭蓋の中があらわになった。
人間の脳があるべきところには、いくつかの魔道具が収まっていて、それぞれがおびただしい数の端子やケーブルで複雑に絡み合っていた。
バニラ「これは明らかに「レリック」だ。」
レリックとは、失われた大昔の魔法文明の時代に作られた魔道具で、現代の魔法技術では再現することが非常に困難な代物だ。
ドクター・ディーは恐らくこの子を一から作ったのではなく、部分的な改造を施したのだろう。
ステイン「うーん! う"ー!。」
頭を開けられている状態でも、ステインは抵抗しようとする。
どういった仕組みなのか床に転がしてある体パーツともつながっているらしく、団子状態のまま各パーツが蠢いている。
ぼくはケーブルを切らないように気を付けながら、ステイン頭から「脳」を引きずり出し、作業台の上に置いた。
構成する魔道具を広げて、調べ始める。
バニラ「これだ!。」
それは、すぐに発見することができた。
複雑に連結された魔道具の中に、どう見ても後付けで付けられたような小さな板状の魔道具があった。
板から出ている何本かの針のような端子が「脳」に突き刺さっている。
しかも、板の表面には次のようなロゴが書いてある。
バニラ「わかりやすっ!。」 バニラ「とにかく、ドクター・ディーはこれを使ってステインを操っていたみたいだな。」 ぼくは、ゆっくりと針を抜き、ドクターの板状器具を取り外した。
途端に、ステインの表情が変わる。
驚いたようにカッと目を見開き、何やら目の光がチカチカと明滅している。
修復機能の作用なのか、作業台に広げてあった彼女の脳はもとの頭蓋の中に納まり、頭蓋や頭皮も元通り戻ってしまった。
そして、そのまま動かなくなってしまった。
バニラ「あれ…壊しちゃったかな。」
5分ほど立つと、再び表情が動き始めた。
キョトンとした表情をして眼球を動かし、あたりを確認しているみたいだ。
バニラ「気分はどう?。」
ぼくはステインの正面に回って話しかけた。
ステイン「あなたは…ドクター・ディーの関係者ですか?。」
バニラ「ぼくはバニラ。ドクター・ディーとはなんというか…友達ではないけど、顔見知りという感じかな。いろいろあって、ドクターから君をあずかっている状態だよ。」
ステイン「へぇ…? ところで、私の体のパーツを知りませんか? 状況から判断するに、首から下がどこかに行ってしまっているみたいですが…。」
バニラ「ああ、それもぼくがあずかってる。ちょっと待って。」
彼女のこの反応から判断するに、もう返しても問題ないだろう。
床に転がっている部品のワイヤーをほどくと、部品同士がくっついて、首のない体が組みあがった。
最後に彼女は両手で頭をつかむと、キュッキュッと左右に何度か回しながら首にはめ込んだ。
ステイン「ふぅ、ありがとうございます。」
ぼくは彼女と戦ったことや、脳の中の板状の魔道具のことを話した。
ステイン「そうでしたか…まさか改造されるとは思っていませんでした。知らない間にご迷惑をおかけしたみたいで。」
ステインは申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
ステイン「ドクターディーは私を発掘してくださった恩人です。しかし、テストと称してボディに傷をつけたり、電気ショックをかけてみたり、解剖したり、様々なことをされました。正直言って彼女は大嫌いです。」
今度はほっぺたをふくらませてマンガのように怒ってみせた。
さっきまでの冷たい印象はもはやどこにもない。
実に忙しく表情が変わるところは、まさしく元気な少女そのものだ。
ステビア「ところで、先程から呼んでいる「ステイン」というのは、もしかして私のことですか? 私の名前はステビアと言いますが。」
バニラ「え?そうなの?ドクター・ディーがそう呼んでたんだけど。」
ステビア「おそらくドクターが勝手につけた道具としての名前でしょう。」
ステビア「私はもともと、家事手伝い用に製造されたメイド型レプリカントです。あ、レプリカントというのは人型魔道具のことです。」
バニラ「それがドクターに兵器として改造されたんだね。だからビーム砲みたいな物騒な装備がついていたのか。」
ステビア「…? ビーム砲は製造時からの標準装備ですけど?。」
バニラ「え…?。」
旧魔法文明時代のメイドってみんなそうだったのか?
ステビア「私には行く当てがありません。私が仕えていたお屋敷は、何千年も前に滅びてしまったとドクターから聞いています。それに、ドクターのもとには絶対に帰りたくないです。」
ステビア「せっかくなので、あなたにお仕えしてもいいですか? ドクターの改造から解放してくれた恩もありますし。それに…めっちゃタイプだし…(ごにょごにょ)。」
バニラ「ん? 何だって?。」
ステビア「いえ! 何でもないです! あなたの家に置いていただけませんか? 過去の記憶はほとんど欠落しているみたいですけど、プリセットされた家事業務のプログラムは無事です。きっとお役に立ちますよ!。」
確かに、その方がいいかもしれない。
またドクターに捕まって改造されたらかわいそうだ。
バニラ「わかった。じゃあ、君にはハウスメイドとして働いてもらおうかな。」
ステビア「ありがとうございます! よろしくお願いします、ご主人様。」
バニラ「うーん、ご主人様っていうのはなんかよそよそしくて嫌だな。見た目の年代も同じくらいだし。」
ステビア「えっ…!? そうですか。では今度からお兄様と呼ばせていただきますね。」
それでもちょっと飛躍している気がするけど、まあ彼女がそれでいいなら、いいか。
ステビア「ところでお兄様、私の魔力が少なくなってきました。魔力が切れると動けなくなってしまいます。補充してもらえませんか?。」
バニラ「魔力? 悪いけどぼくは魔法が使えないんだ。」
ステビア「大丈夫です。お兄様の体から生体エネルギーを分けていただければ、こちらで魔力に変換しますので。」
バニラ「ふーん。改めてすごい技術だなあ…。で、どうしたらいいの?。」
ステビア「私の唇に、お兄様の唇を重ねてください。」
バニラ「ぼくの唇を…って、えーっ!?。」
ステビア「なにか問題がありますか?。」
バニラ「それってキスってことじゃないの? 別の方法はないの?。」
ステビアは少し考えていった。
ステビア「お兄様は男性ですので、私の股間の補充口にお兄様の男性器を差し込む方法もありますが。」
バニラ「そっちのほうが問題だよ!。」
ステビアの設計者は一体なにを考えてたんだ!?
ステビア「その2通り以外の方法はないですよ。」
バニラ「うう…わかったよ。」
ぼくはステビアの腰に両手をかける。
ステビアの目はぼくをまっすぐに見つめてくる。
ぼくは唇を彼女の唇に重ねた。
やわらかい。
魔道具といっても、繊細に作られた皮膚は人間となんら変わらない。
彼女の舌がぼくの口の中に侵入し、積極的にぼくの舌に絡みついてくる。
ステビア「んっ…。」
ぼくの背中に置かれた彼女の手が緊張し、硬直する。
ぼくはステビアの細い体を両手で包み込むように抱きしめた。
5分ほどたっただろうか。
彼女の方から唇をはなした。
二人の唇の間に伸びた粘液の糸をぬぐうと、ステビアはぺろっと舌なめずりをした。
バニラ「ふう…補充できた?満タンにはちょっと時間がかかるんだね。」
ステビアはクスッと少しいたずらっぽく笑った。
ステビア「いいえ、最初の1分で補充は中断しました。のこりの4分は、お兄様のキスが素敵すぎたので味わっていただけです。」
バニラ「え…?。」
ステビア「補充は20%で止めました。お兄様は未成年ですから生体エネルギーが少ないようですね。一度に補充するのはリスクなので、こまめに少しずつ補充させていただいたほうがいいと思います。」
ステビア「たとえば、毎晩とか。」
ステビアはいたずらっぽく上目遣いにぼくを見つめ、口角を上げた。
ステビア「よろしくお願いしますね、お兄様。」
その日からは、毎晩ステビアにおやすみのキスをすることが、ぼくの日課に新しく加わった。
<おしまい>