0110ぼくの頭が消えちゃった!?異次元にようこそ

ぼくは今、作業部屋にいる。
魔術式を書き込んだぼくの皮のバージョンアップが終わり、ちょうど着こんだところだ。
そして今、その機能を試そうとしている。

ぼくはまず、全身を観察できるよう、姿見の前に移動した。
ぼくは右手の手のひらを頭のてっぺんに当てると、そのまま下に向かって頭をおさえ込んだ。
oto1{ずぶずぶずぶ} ぼくの頭が沈み込む。
今、顔の半分ほどが肩の間に埋まり、首の皮がタートルネックのように顔の下半分にかぶさっている。
続けて、頭をおさえ続ける。
oto1{めりめりめり…} 頭が完全に肩の間に埋まり、首があったところにできた穴からはぼくの髪だけがはみ出している。
そして髪は何かに引っ張られるようにちゅるんと穴の中に消えた。
肩の間にあった穴はふさがり、最初から何もなかったかのようにつるつるになった。
つまり、ぼくの体は首から上がなくなった状態になっている。

ちなみに、「粘土化グミ」で体を柔らかくしたわけでもないし、頭を体の中に隠しただけでもない。
ぼくの頭は、この世界から完全に消えている。
種明かしはあとでやるとして、実験を続けよう。

ぼくがお腹のあたりに集中すると、みぞおちのあたりがわずかに動く。
そのあとらせん状にへこみはじめ、水栓を抜いた時のように渦を巻きながら、直径1センチくらいの穴がぼくの肉を穿っていく。
穴はお腹側から肉をえぐり続け、背中側までからだを貫通した。
イメージを続ける。
穴はゆっくりと広がり始め、40センチくらいのまん丸の穴になった。
穴が広がりすぎて直径がぼくの体の幅を超えたので、ぼくの体は上下に分かれてしまった。
そんな不自然な状態なのに、上半身は床に落ちたりせず、空中に直立したままだ。

ぼくは穴の内側に意識を集中した。
バニラ「むむむむ…。」 穴の上辺の肉が少しずつ盛り上がる。
潰瘍のようになった肉の穴から出てきたのは、髪のひと房だ。
oto1{ずるずるずるずる…} バニラ「ぷはあっ。」 続いて穴から出てきたぼくの頭は、大きく息継ぎをした。
上下がさかさまに生えているので、視界もさかさまになっている。
体の穴と、穴から生えている首の皮膚はスムーズにつながっている。

このあたりで種明かしをしよう。
ぼくのスキンには、別次元から体のパーツを召喚するという機能をつけてある。
これを応用することで、ぼくのパーツを別次元に送ることもできるのではないか、と考えた。
さっそく別次元収納機能をつけて、今テストを行っているところだ。
だから、最初に消えたぼくの頭も、お腹の大きな穴も、別次元に送っていたというわけ。
別次元から戻してきたパーツは、体のどこにでも出現させることができる。

ぼくは、お腹の穴の中に生えている頭を動かして、時計回りに移動させた。
バニラ「よっと。」 体のつながっていないところを渡るために、首を切り離すようにしてぴょん、とジャンプして渡った。
視界がぐるぐると回る。
穴を3週したあと、穴の底辺、上下が正しく見える位置に頭を落ち着かせた。
足をかるくまげたあと、体を少しジャンプさせると、ジャンプの頂点で頭が穴から離れ、宙に浮く。
頭はそのままの勢いで穴の上の面にぶつかると、
oto1{とぷん} 水面に落ちた石のように、抵抗もなく頭は体の中に消えていった。
そして勢いをそのままに、頭は両肩の間からぴょこんと飛び出てきた。
(勢いのあまり、頭は肩から10センチほど飛び上がってから落下し、首にくっついた)

体の穴には、上下の体をつなぐように1センチくらいの肉のロープが現れた。
そのロープが太くなったかと思うと、一気に膨れ上がってぼくのお腹は2倍くらいのサイズに膨らんだ。
そのあと、風船がしぼむようにもとの細いウエストにもどった。

バニラ「まだいろんなことができそうだ。」 ぼくが右手を前に出すと、手のひらに5センチくらいのまん丸の穴が出現した。
右手を表裏にひらひらとひっくり返して眺める。
穴は手のひらと手の甲を貫通していて、向こうの景色を覗くことができる。
ぼくは右手を下に伸ばし、右足を上げて足先を右手の穴のところに持ってきた。
oto1{ぎゅむう} ブーツの皮がすれる音がした。
ぼくの足を見ると、足先が手の穴に吸い込まれている。
足は手の穴よりも太いため、吸い込まれている部分は絞られて細く圧縮されている。
長さ的に言って、手の穴の反対側からはつま先が出ていなければならないが、出ているはずのつま先はどこにも見つからない。
穴の中に消えてしまっているんだ。
そのまますね、太ももと順番に穴の中にしまっていった。
次は左足を持ち上げる。
不思議なことに、左足を上げても転ぶことがなく、宙に浮いた状態になっている。
左足を完全に入れてしまうと、ぼくは腰から上だけで宙に浮いていた。
腰の部分が狭まり、小さな手の穴から出ている姿は、ランプから出てくる魔人に似ていたかもしれない。

ぼくは体を押し込みながら、右手をどんどん上にあげる。
oto1{ぎゅう、ぎゅう} 体が圧縮される音を出しながら、どんどん吸い込まれていく。
胸、左手、頭が吸い込まれ、右手も奇妙な形に折れ曲がりながら肩、上腕、前腕がのみこまれた。
今見えるものは、ほぼ手首から先だけになった右手が宙に浮いているだけだ。
右手の5本の指を飲み込んだ後、右手はくるんとひっくり返ってなくなってしまった。
これでぼくの存在は、完全にぼくの次元からは消え失せてしまった。

ぼくは、真の闇の中に放り込まれた。
暗いというよりも、目の存在がなくなってしまったので光を感じることができないんだ。
音も聞こえず、全身の感覚がない。
ぼくの思考だけが、そこにある。
すぐに帰ってもいいけど、もう少しだけこの感覚を味わうことにした。
バニラ「なんだか不思議と懐かしい気持ちだ。」 もしかすると、生まれる前のことを思い出しているのかも知れない。
体がなくてもぼくの思考は続いている。
思考とは、意識とはどこから来るのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、ぼくは感覚のなくなった全身で闇を楽しんだ。

しばらくして、ぼくは再び世界への出現を試みる。
まず、何もない空中に点が出現した。
その点からチューブをしぼるように何かが出てきたと思うと、握った右手になった。
右手がつかんでいるものは、自分自身の手首からつながっている腕だ。
腕は、ぐにゃりと曲がって親指と人差し指で作った輪っかの中に消えていた。
その輪っかから、手品の帽子から万国旗が出てくるように、次々に体が引きずり出される。
最後に左足を取り出して、ぼくの体は完全に元通りになった。

時計を見て驚いた。
この世界から消え去った時点から、1,2分しか経っていない。
たしかぼくは体感では1時間くらい闇の中にいたはずだ。
故障かと思い、別の時計を確認しても、やっぱり同じ時間だった。
バニラ「向こうの世界では時の流れが違うのか…。」
いずれ検証してみよう。

今回の改造で、ぼくの身体改造は最終的なフェーズを迎えたのかもしれない。
ここまでくると、皮膚の下にある魔術式が相互に絡み合って、ぼくがイメージしたことは大抵できるようになってしまった。
ぼくは首を切り離して両手を水平に広げ、頭だけでその腕の上をぴょんぴょんと跳ねまわった。
途中できりもみ回転や側転も加える。
生首が右手のひらに止まったところで、右手を勢いよく振り、頭を空中に投げ上げる。
生首が急に空中でパンっという音とともにはじけて消え去ったかと思えば、お腹のへその穴を広げて、顔がぬるっと出てくる。
顔はそのまま皮膚の上をずるずると移動し、首の上の位置に収まった。

実は、今回のアップデートはこれだけではない。
体のパーツを消してしまう機能、それは体だけにとどめる必要はないのでは?
と、ぼくは思った。
だから、物体を異次元に送り込む機能も作ってみた。

ぼくは、暖炉の脇から火かき棒を取りあげ、軽く灰を払った。
中ほどを両手で逆手に持ち、顔を上に向けて、先端を大きく開いた口へ向ける。
先を口の中に入れ、ゆっくりと差し込んでいく。
oto1{ずぶ。ずぶ} 多少喉の肉を裂きながら、火かき棒は完全にぼくの喉に収まった。
ぼくは胸に手を当てて、舌なめずりをした。
くちを開けて確認しても、火かき棒は見当たらない。

次にぼくは右手を手刀のような形にして右耳にあてる。
oto1{ズボ} 手が耳に吸い込まれる。
手は、肘あたりまで耳の中に入ってしまっている。
ぼくは指先の感覚をもとにそれをつかむと、ゆっくりと引き抜き始めた。
耳から出てきた手には、火かき棒の柄が覗いている。
特筆すべきは、棒の長さからすれば頭の反対側から先端が出ていないとおかしいのだが、その先端はどこにもない。
バニラ「うまくいったみたいだ!。」 そのままぼくは、頭から火かき棒を全て引きずり出した。

火かき棒の柄を壁に突き当てて持つ。
先端側は、ぼくの左わき腹に、横から突き当てる。
そのまま体重を火かき棒にかけていくと、
oto1{びり!} 服を破いて、火かき棒がぼくのわき腹に突き刺さった。
そのまま足で踏ん張って、火かき棒を体にしずめる。
oto1{ずぶ。ずぶ} 内臓がかきまわされる感覚がある。
右わき腹が盛り上がったと思うと、服を破いて火かき棒の先端と、腸が少し出てきた。
ぼくは、腸を傷口からしまうと、わき腹から飛び出てきた火かき棒の先端を右手でつかんだ。
そのまま右に左に、体のなかに入れたり出したりするように動かす。
すると、左側の柄のほうも、それに合わせて左右に動く。
火かき棒は、ぼくの体の中でちゃんとつながっているのだ。

ぼくは一旦手を放し、改めて右手で火かき棒の先端側をおさえた。
そして、またゆっくりと体の中に沈め始める。
しかし、今度は先程とは様子が違う。
左側の棒の柄は、微動だにせず同じ長さで左わき腹から突き出たままだ。
はたから見ると、火かき棒がどんどん縮んでいるように見えるに違いない。
とうとう棒の先端は体の中に消え、見えなくなっていった。
右手を口の中に、肘までつっこむ。
右手が出てきたとき、さきほど体の中に消えた火かき棒の先端を握っていた。
左手で火かき棒を体に入れたり出したりすると、それに同期して口から出ている先端も入ったり出たりする。
寸断されているような棒は、ぼくの体の中で異空間に消えていて、異空間の中でつながっているのだ。
ぼく自身が空間転移リングになって火かき棒を分断していると言えば分かりやすいだろうか。

ぼくは右手で口から出ている先端部を引っ張り、火かき棒を体から取り出した。
これは画期的な機能だ。
なぜなら、ぼくは手ぶらのまま、大量の荷物を体の中に収納して出歩くことができるからだ。
バニラ「明日からは、カバンもお財布も持たずにお出かけができるし、買ったものは体にしまって帰ることができるぞ!。」 ぼくは頭をお手玉のようにもてあそびながら、るんるん気分で作業部屋を後にした。

<おしまい>