0090ぼくの皮を剥ぐの!?魔法のスキン作成
バニラ「あつい…。」
ハイランディアは一年を通して春のような気候だけど、その週は本当に体験したことのない暑さだった。
ただ座っているだけでも汗が噴き出してくる。
ぼくは、今の椅子の背もたれにもたれたまま、だらーんと手足をのばし、すっかり緩み切った顔で半目を開けていた。
ブーツの中は汗で蒸れてしまって気持ち悪かったので、さっき脱いで、床に転がっている。
ぼくはいてもたってもいられず、台所に向かった。
台所に着くと、床のハンドルを引いて床の一部をめくった。
そこには30センチ四方くらいの小さなスペースがあった。
床下は少し涼しいので、生鮮食品の一時的な保管庫にしている。
ぼくは数個だけ入っていた野菜や果物を取り出して、テーブルに置いた。
そして、足を保管庫の中に入れる。
この中に収まれば、多少なりとも涼しいと思ったのだ。
小さい空間だから、足はクロスの形にしないと入らない。
まずは腰のあたりまで保管庫に入れる。
そのままでは入りきらないので、腰を180度回転させた。
oto1{メキッ}
そして胸が上に来るように、体を折りたたむ。
oto1{ごん。}
頭が保管庫のふちにあたった。
頭がつっかえてしまうようだ。
ぼくは右手で頭をつかみ、
oto1{ボキ。}
首を折って頭を前にたたみ、さらに180度回転させた。
まだはみ出ている。
ぼくは手で自分自身の体をぎゅうぎゅう押した。
oto1{ぽき、ぽき、ぽき。}
肋骨が折れて、胸部が平べったくたたまれる感覚があった。
構うもんか。
最後に、一番下にあった足を引っ張って顔の横まで持ってくると、ぼくの体はめちゃくちゃにねじ曲がった形で保管庫に収まった。
保管庫のフタをそっと閉じた。
保管庫の中は少しひんやりとしていて暗く、外よりはいくらかマシだった。
涼しくなって冷静になったぼくは、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた体でゆっくりと考え始めた。
ただでさえ暑いのに、ぼくはアンダーウェアとしてスーツを着ている。
このスーツは肌触りもよくて伸縮性もあり、基本的には快適なんだけど、いかんせん暑いという弱点がある。
バニラ「なんかいい方法はないかなあ。」
スーツを薄くする?
いや、それでは耐久性に問題が出る。
思い切って肌に直接術式を書く?
目立ってしょうがない…。
バニラ「そうだ!。」
肌に直接は無いにしても、体に魔術式を書くというのはいいアイデアだ。
しかも、この方法なら前から気になっていたあの問題も同時に解決できる。
それに、あの機能も拡張してしまおう。
ぼくの頭は、新しい自己改造のアイデアであふれ始めた。
元通りグミを口に入れると、ぼくの体は逆再生をするようにぐねぐねとねじれて、元に戻っていく。
顔は360度回転した後にもとの向きに戻り、頭の脇にあった足は大きく動いて地面に垂直になり、体を支えた。
体が膨らむことで、保管庫の扉は押されて自動的に開いた。
バニラ「んん?。」
立ち上がると、腰から首までの、体の真ん中のパーツだけが、雑巾のようにねじれて前後あべこべになっている。
ぼくは器用に真ん中のパーツだけをぶるんと回転して、元に戻した。
バニラ「これでよし。」
ぼくはまず、手術台に腰かけた。
首と両手首を切り離して、ぼくの背中側に回る。
最近では毎日のようにパーツを切り離しているので、とくに集中しなくてもこのあたりの操作はできるようになってきた。
ぼくは鋭いメスを取り出して、右手に持つ。
生首と両手首だけになったぼくは、手術台に座ったままのぼくの裸体の、首筋の後ろにメスをあてた。
oto1{ずぶ。}
力を入れて、メスを沈み込ませる。
今回の目的なら、やや深めに切り込んでおいた方がいいだろう。
一応言っておくと、ぼくの体は改造手術によって常にゾンビ状態になっているので、痛みもなければ出血もない。
そのまま垂直に、ていねいにメスをおろしていく。
首筋から腰の下まで、一直線に切れ目が入った。
まるで着ぐるみのファスナーのように…。
そう、ぼくはこれから自分の皮膚を、着ぐるみのように脱ぐんだ。
ぼくは右手を別の道具に持ち替えた。
鋭いナイフで、刃先が少し曲がっている。
動物の皮を剥ぐ時に使うナイフだ。
それを背中の切れ目の内側にあてて、皮と筋肉の間の脂肪を切り離していく。
oto1{ぞり。ぞり。}
背中全面の皮を剥ぎ終わり、浮いたような状態になった。
次は肩だ。
作業がしやすいように、ぼくは背中に筋肉が露出した体の肩に力を入れて、左腕を持ち上げた。
死んだ動物の皮を剥ぐのと違って、自分で体勢を変えられるから便利だ。
背中の切れ目から手を入れて、腕の筒状の皮を破らないように器用に切り離す。
手首は今切り離されているので、手首まで来たらいったんそこで中止して、脇腹、胸、腹、首の皮を剥ぐ。
皮をはぎやすいように、随時体を動かしてうつぶせにしたり、ポーズをかえたりする。
これで上半身は手首と顔だけで皮が裏返しにつながっている状態になった。
ぼくは一旦、首と手首を体に接合した。
左手首から手の甲、手のひらに刃を入れ、指の付け根まで皮を分離した。
今ぼくの皮は、表裏がひっくり返った状態で、指の付け根からぶら下がっている。
その皮をしっかりつかむと、ぼくは力を入れて一気に引っ張った。
oto1{ビリッ!}
5本分の指の皮が生爪ごと剥がれて、左手分の皮が完全に分離した。
ぼくは、筋肉や骨の構造があらわになった左手をまじまじと見ながら、表裏にひるがえしたり、握ったり開いたりしてみた。
この状態だと筋肉や骨の動きがよく見えておもしろい。
筋肉丸出しの左手を使って、右手も同様に皮をはいだ。
次にぼくは、鏡の前に移動した。
ナイフを目元に持ってきて、まぶたの内側から刃を入れる。
目の穴の形にしたがってぐるっと刃を動かす。
手元が狂って眼球の一部が削れてしまった。
あとで直すから、眼球のかけらは手術台の端に置いておく。
次は唇の内側から、同様にぐるっと動かす。
目と口元の皮が浮いた状態になった。
首の皮が剥がれているところからナイフを入れ、下から順番に皮を剥いでいく。
髪がついたままの頭の皮が、ぼくの頭から離れた。
皮のないぼくの顔は、眼球や歯並びが露出していて、耳がない。
ところどころに白い骨が顔を出している。
なんだか不思議な状態だ。
取り外した皮は目と口のところに穴が開いていて、目出し帽のようだ。
ただ、ぼくが口をうごかしたりまばたきをしようとすると、その皮も穴を閉じたり開いたりする。
つっつくとちゃんと皮膚の感覚があるし、唇には血が通っているから赤みがある。
また、皮はわずかに汗で湿っている。
さて、次は下半身だ。
要領は上半身と同じなんだけど、迷うのはぼくの股間についているアレだ。
どうしようかなと悩んだけど、結局皮膚といっしょに取り外すことにした。
アレの根元に刃をあてて、果物を摘み取る要領で切断する。
アレはぼくの体から離れて薄い皮膚にくっつき、ぷらぷらと揺れている。
うーん…。
そんなことで、ぼくは全身の皮を剥ぎ終わった。
今、ぼくの皮は手術台の上でぺちゃんこになって横たわっている。
ぼくは、皮の無くなった体で部屋の中を歩き回り、姿見の前に来てみた。
アレが無いせいか、股間がヘンな感じにすーすーする。
鏡の中のぼくはまさに、人体解剖図そのものだ。
ためしにいろんなポーズをして遊んでみた。
皮をはぐだけでかなりの時間を使ってしまった。
もう夜空の端が白み始めている。
バニラ「急ごう。」
ぼくは手術台に置いてある皮の背中の穴から手を突っ込み、裏が表に来るように整え、そしてその状態で平らになるように置きなおした。
合成機で、スーツと皮を合成する。
これでスーツの魔法式が皮に転写されたけど、スーツと皮のサイズが少しだけ違うので、余白に追加で魔法式を追加しなければならない。
先のとがったペンを皮膚の裏に走らせると、くすぐったいようなかゆいような感覚がする。
笑いをこらえながら、震える手を抑えながら作業をしなければならなかった。
ぼくが笑うと、その感覚を共有して皮膚も震えてしまい、術式がゆがんでしまうからだ。
術式を書き終わったら、その皮を着る。
背中の穴からまず左脚を入れて、次に右脚。
着ぐるみを着る要領で、右手、右脚、頭をいれた。
皮と体の位置が正確に会っていなくて、ぶかぶかというか、ごわごわした感じがする。
目の位置と穴も合っていなくて、視界がよろしくない。
ぼくは、手術台のわきのカバンから「もとどおりグミ」を取り出して口にいれた。
ぼくの皮がキュッと縮まってぼくの体を締め付け、そのあと一つの体になじんでいった。
さて、テストだ。
相変わらず全裸の状態で、まずぼくは左手首に集中してみる。
手首に青白い光の輪が現れる。
が、すぐに消えてしまった。
胴や足でも試すが、同じように光がすぐ消えてしまう。
もちろん、パーツ分離はできない。
どこかミスをしたみたいだ。
ぼくは首の後ろに意識を集中する。
首の後ろの肉が小さく盛り上がり、こよりのようにねじれ、細長くなった。
変形した肉は、見覚えのある形だった。
そう、ファスナーのツマミだ。
ぼくは右腕を切断してツマミをつかみ、そのまま真っ直ぐ下に引っ張る。
oto1{ジーッ…}
子気味良い音がしてツマミはお尻の辺りまで滑り、先ほどメスで切開した切り口が再び開いた。
と同時に革がぼくの体から外れ、またブカブカした状態になった。
その革をまた着ぐるみのように脱ぐ。
今後もぼくの皮には何回か改造を施すことがあるだろう。
そう思ったぼくは、皮を簡単に脱げるよう加工しておいたんだ。
魔法式を確認すると、やっぱり1箇所にミスがあった。
修正作業を終えたぼくは皮を着込み、もう一度テストに挑む。
左手首に集中。
手首に青白い光の輪が現れる。
今度はずっと光が消えない。
左ひじを曲げると、光の輪にそって手首が切断され、手首がその場に浮いた状態になった。
首を意識したまま2、3歩歩くと、生首を空中に置いたまま体だけが前に歩いた。
首から下を2センチ厚にスライスして、床の上に積み上げてみた。
そのあと、ぼくはもとの人型に戻った。
問題なさそうだ。
さらに、皮膚を改造したことにより新たにできるようになったことがある。
ぼくは頭に集中した。
ぼくの頭に、格子状の光のすじが入り始める。
そして…。
oto1{ばらばらばら…}
ぼくの頭は2センチ角のサイコロ状に裁断され、床の上に散らばった。
新機能も問題なし。
スーツは、首から下にしか着用できなかった。
でも今回の改造手術では、頭の皮膚のうらにも術式を描きこむことで、頭部も自由に細断することができるようになったのだ。
そうそう、忘れてはいけないのがパーツ増加の機能だ。
ぼくは、頭を前に傾ける。
oto1{ごとん。}
ぼくの生首が床に落ちた。
でも、ぼくの首はもとの位置にちゃんとついている。
首が二つに増えたのだ。
手を使わなくても、ぼくが意識すればいつでも増やすことができる。
oto1{ごとんごとんごとん。}
ぼくは身動きしないまま、生首を新たに3つ落とした。
床に転がる生首4つを操作して、体につながっている頭の左右に2つずつ、1列に並べた。
5つの首を両手で挟み込み、そのまま圧縮。
頭が1つに戻った。
右手を前にかざして念じ、そのまま横に払うように動かす。
手の軌跡をなぞるように、ぼくの右肩から先の腕が10本に増え、扇形に広がっている。
ぼくは10本の手を同時に、いろんな形に曲げた。
うん、1本1本がリアルタイムでぼくの意思通り動いてくれる。
ぼくは体をもとに戻した。
今日からは、ぼくの皮膚そのものがスーツの役割をしてくれる。
名付けてスキン・スーツだ。
ぼくは涼やかな表情で寝室へと向かった。
<おしまい>