0070肉体増殖!パーツ複製スーツ

以前、空間転移機能付きスーツのテスト中に、とんでもない失敗をしてしまったことがある。
ぼくのパーツが無限に増えてしまって、危うく肉団子になってしまうところだったんだ。

その後、スーツは問題なく動作している。
体をバラバラにしながら作業できるのは思いのほか便利なので、毎日アンダーウェア代わりに着るようにしている。
これは完全に計算外だったんだけど、肌触りや締め付け具合も心地よく、気に入っている。

さて、このスーツについてなんだけど、最近ちょっと思うところがある。
例えば、右手首と左手首を切り離し、右手は薬品のかき混ぜ、左手はグミのこね作業、残った本体は読書をするものとする(この場合もちろんページは足でめくることになる)。
そのとき、少なくとも目玉1個は読書のために使わなければならない。
だから、残る目玉は右手か左手のどちらかの作業しか見ることができない。
手元を見ないで作業をするのは困難だから、せっかく3分割して効率的に作業しようと思っても、結局目玉の個数である2個までしか作業を並行することができないんだ。

そこで思い出したのが、最初に話したスーツの失敗だ。
失敗スーツの魔法式は、別次元から、ぼくの体のパーツを無限に呼び出し続けるループになっていた。
だから、ぼくの頭や手、足や胴体が無限に膨れ上がってしまったんだ。
逆に考えれば、あれを応用してうまく制御すれば、ぼくの体パーツを好きなだけ増やせるのでは?
たとえば、目玉をコピーして増やせば並行作業の個数を増やせるんじゃないかな?

最初の例で読書中の体がおしっこにいきたくなった時に、下半身だけ切り離してトイレに行く、なんてことも可能だ。
そのときは読書中の目玉のコピーをして、下半身にくっつければいいんだ。
その夜、ぼくは早速スーツの改良に取り掛かることにした。


ぼくはスーツを裏返して、作業台の上に置いた。
表裏をひっくり返して、魔法式をインクで書き始める。
基本的には、失敗したときに書きとどめておいた魔法式を書けばいいんだけど、少しアレンジを加える。
指先で触れて、指定したパーツを増やすようにするんだ。

魔法式の書き込みが終わったら、さっそくテストをしてみる。
スーツを着込んで、イメージを始める。
指先が光り始める。
右手の親指と人差し指、中指を右目に当てた。
眼球はスーツを着ていないが、スーツの指先が別次元からパーツを召喚するから、問題はないはず。
指をそのまま目の中につっこむ。
oto1{きゅぱっ。} 軽い音がして、右の眼球が右手の中に入ってきた。
眼球をつかみ、そのまま引っ張る。
oto1{ぷちぷちぷち…。} 視神経と眼筋がちぎれて、完全に頭部から分離した。
バニラ「よし!。」 鏡を見たぼくはついつい声に出してしまった。
眼窩から取り出したはずの右眼球は、元通り右の眼窩にはまったままだ。
もちろん、右手はちゃんと眼球をつまんでいる。
つまり、右の眼球は2つに増えたのだ。
ぼくの視界には、右目と左目の映像の他に、右手がつまんでいる眼球の映像も重なった。
不思議と見づらくなることはなく、別の眼球の視界としてちゃんと脳が処理しているらしかった。
あえて例えると、2枚の絵を一つの視界に入れて同時に見ているときのような感じ、と表現すればいいだろうか。

ぼくは右手を開いて、眼球を手のひらのうえでころころと転がした。
そしてその眼球に意識を集中した。
眼球が手のひらからふわっと浮かんだ。
そのまま眼球を操作する。
眼球はふわふわと空中を泳ぎ、窓から外へ出ていった。
泳がせている間、眼球が見ている風景がぼくの視界に映り続ける。
窓をくぐって外に出る。
家から柵まで続く細い道の両側には、黄色い花が咲いている。
柵のところまで行くと、ポストに手紙が入っているのが分かった。
ぼくはスーツの機能で右手を切り離すと、ポストまで飛ばし、眼球の視界をたよりに手紙を取り出し、眼球と一緒に実験室へ持ち帰った。
うーん、これは便利だ。

さらに、ぼくは右手で眼球を握りこみ、意識を右手に集中した。
そして右手をパッと開く。
すると奇術師がやるように、眼球が4つに増えて5本の指の間に挟まっている。
ぼくの視界には6個の眼球の映像が重なったが、やはり混乱はなく、それぞれの目の映像を同時に、個別に認識することができた。
ぼくは右手と左手の間で4個の眼球を押しつぶすような動作をして、4個の眼球の存在をこの次元から抹消した。

ぼくは両手を両耳のあたりに移動させ、頭を挟み込むように支えた。
両手に集中して、そのまま自分の頭を勢いよく引っこ抜いた。
ぼくの頭はそのまま首の上に座っていて、両手はスイカを抱えるようにもう一つの頭を抱えている。
視界は、奥行きが分かる2つの景色が同時に認識できるようだ。

驚いたのが、2個の頭は別々に動かすことができるということだった。
ぼくは、二つの頭で別々の歌を同時に歌ってみた。
重要なのが、どちらか一方だけにぼくの意識があるのではなく、両方の頭を、ひとつのぼくの意識が支配しているということだ。
体についている頭の思考や視界も、生首の方の思考や視界も、どちらもぼくが支配しているんだ。
二つの頭が別々に思考しているが、その2つの思考のどちらもがひとつのぼくの意識に集約されている。
この感覚は、ぼくが知っている言葉の範囲では説明しづらいんだけど、そのように説明するしかない。
ぼくは、生首を体の上の頭に並べて置いた。
そして、二つの頭を両手で挟み込むようにして、2つの頭を一気に押しつぶした。
ぼくの頭は、もとのとおり首の上の1個に戻った。

開発は成功だ!
明日からはぼくのパーツで分身を作って、いろいろと便利に暮らせるはずだ。
そう思うと、自然とにやにやしてしまった。

<おしまい>