0060体がバラバラ!空間転移スーツ

ぼくはものすごく興奮していた。
魔道具商店から返る足取りは無意識に軽くなり、スキップで石畳を蹴っていた。
ぼくの右脇には、丈夫な包み紙に包まれた小さな包みが挟まっていた。

前から思っていたことがあった。
ぼくは、都合上ゾンビグミの効能をつかって自分の身体を分解して作業を行うことがある。
手首だけ切り離したり、首のない体で作業をしたり、右半身だけで作業したり…。
そんな時困るのが、すごく作業をやりにくいってことだ。

手首を切り離すと、その手首は重力に引かれるから、指で体制を整えながら作業しないといけない。
下半身や左半身を切り離すと、移動が面倒になる。
このことがずっとネックになってきた。

だから、ある魔道具が欲しかったんだ。
どうしても欲しい物だったから、ぼくは知り合いみんなにあらかじめ吹聴して回っていた。
そして今日、、同じ商工会に所属する魔道具商店から入荷の連絡があったんだ。
ぼくは連絡を受けるや否や、急いで焦点に走った。

家に入り、ドアを閉めるとぼくは情けない表情でニマーッと笑った。
バニラ「へへへへ…。」 気持ち悪い笑いが口からもれる。
作業部屋に持ち込むと、さっそく包みを開けてみた。
それは伸縮をする、ゴムのベルトのように見える。
ただ、ベルトの中心に環状の模様がぐるっと書き込まれていて、ベルトの内側には魔術式が書いてある。

左手をベルトに潜らせ、手首あたりに固定した。
ぼくが念じると、ベルトの環状の模様が青く光り始める。
左ひじを上に上げてみる。
不思議なことが起こった。
前腕はちゃんと曲がっているのに、左手首から先は、元の場所の空中に浮かんだままになっている。
つまり、ぼくの左手は、手首で切断されている!
切断面は、ベルトの模様の光と同じ、青色に光っている。
ぼくは左手を動かしてみた。
左手首は、空中でグーとパーを元気に繰り返した。

この魔道具は、「空間転移リング」と呼ばれることが多い。
巻いた部分の体を切断できるんだけど、空間的には離れていても、別時空ではつながったままになっている。
だから、ぼくみたいに不死身化できない人でも安全に体を分解できるんだ。
ありがたいことに、この手の魔道具は勝手に体から魔力を吸い取って働くので、魔法が使えないぼくでも使える。

魔道具の中でも、特に「レリック」と呼ばれるものだ。
これは現代の魔法技術者が作ったものではない。
かつて栄えた黄金の魔法文明、その時代に作られたものだ。
どこかの家の蔵の中に眠っているところを発見されたり、遺跡から発掘されたりすることがある。
作りが非常に精密で繊細なため、現代の魔法技術者は簡単にまねをして作ることができない。
数に限りのある、貴重な物なのだ。
これを手に入れるために来月の生活費がかなり持っていかれたが、何とかなるだろう。

さて、空間移転リングの優れたところは他にもある。
ぼくは、空中の左手首を見つめながらイメージした。
左手首がゆっくりと空中を移動する。
自分がイメージした通りに、分解した部品を空中で動かすことができるんだ。
ただ、どこまでも行けるわけではない。
自分のベースになっている体から、大体上空に5メートルくらいにしか上昇できない。
これはアイテムの機能による制限ではなくて、使用者の精神が地上にベースを置いているためと言われている。
また、パーツのうち少なくとも1つは接地している必要があり、接地しているパーツが全体重分の重さを支えなければならない。

ぼくは試しに、切り離された左手を操作して、右手にもリングをはめた。
そしてぼく自身は座ったまま、右手を飛ばして10メートル先のじょうろをつかんだ。
そのままさらに5メートル先の水瓶まで移動させ、同じく飛ばした左手首でひしゃくを使い、水を入れる。
水で満たしたじょうろをぼくの頭上に飛ばし、上の明りとりの窓に置いてある鉢植えに水をさす。
バニラ「すげーっ!これは便利だ。」 座ったまま部屋中の操作ができる。
手を空中で自由に操作できるから、体がバラバラでもラクに作業ができるぞ。
そう思った矢先、ぼくにあるアイデアがひらめいた。
このリングはさらなる可能性を秘めている。
さっそく材料を集めないと。

用意したのは、特殊な深海の魚の革。
丈夫で、驚くほどの伸縮性がある。
肌触りもいい。
それから、魔法式を書き込む特殊なインクだ。

まず革を切って、何枚かのパーツに切る。
できたパーツを焼きゴテでつぎつぎと圧着していく。
こうする事で、縫い目を作ることなく、スムーズに革をつないでいくことができる。
何回か繰り返すことで、頭以外がすっぽりと覆われるような形のスーツが完成した。
手の指も動かせるように、手の先は手袋状になっている。
ただし、この服のサイズは人形用のもののように小さい。

リングを裏返して、魔法式を確認する。
そして、魔法式を傷つけないよう、平坦になるよう切り開いた。
先程作ったスーツを裏返して重ねる。
そして、上下に分厚い鉄板がある装置にリングとスーツを重ねて載せ、プレスする。
oto1{ジュウウウウウ} 青白い煙が上がる。
鉄板をあげると、さっきのスーツにリングの魔法式が乗り移った状態になっている。
今使ったのは、2つの布状のアイテムを合成するための機械だ。

さて、魔法式はスーツの一部分にのみ転写されているが、ぼくはスーツ全体をこの魔法式で埋めたい。
転写された魔法式の脇から、新しい魔法式を追加でインクで書き込んでいく。
全面に、びっしりと覆うようにだ。
これは、魔法式の効果を全体にくまなく伝播させるための、ぼくのオリジナル魔法式だ。
書き終わる頃には、夜空の端が明るくなり始めていた。

式は全て書き終わった。
ぼくはスーツを裏返して、魔法式が内面を向くようにした。
これでうまく動作するはずだ。
早速テストしてみる。
ぼくはコート、チュニックとブーツを脱ぎ、全裸になった。
スーツの首元をひっぱり、広げる。
革の驚くべき伸縮性で、人形用サイズの服の口が大きく広がった。
まずは右足を入れる。
oto1{みちっ…} のびる音をさせながら、ぼくの右足に密着しながら革が伸びていく。
肌触りのいい革は全く不快感を感じさせない。
左足。胴。右手。左手。
すっかりぼくの体はスーツの中に収まった。
計算通り、スーツの寸法は適切で、心地よい締め付けを感じる。
指の先までスーツがぴったりと張り付き、動きにも支障はない。

ぼくは左手首に集中した。
先ほどのリングと同じように、スーツの左手首部分が環状に光り始める。
よし、順調だ!
ぼくはそのまま左ひじを曲げてみる。
バニラ「…?。」 何かがおかしい。
確かに、左手首は元の空間にあるままだ。
でも、曲げた左前腕の先にも、同じ左手首がついている!
左手首が増えてしまっている!
いや、よく見ると、左ひじから先の手がいくつも増え続けて、扇子のような形になってきている。
しかも、左手の指先を見ると、そこが新たに5本に分かれて新しい手のひらとなり、その掌の指の先がまた5本に分かれ…フラクタルのように増殖し続けている!
それだけじゃない。
ぼくの足、頭、体中のパーツが増殖し、奇怪な姿になっている。
バニラ「まずい、一旦テストは中止!!。」 スーツを強制終了すると、奇怪な姿にねじ曲がっていたぼくの姿は、折りたたみナイフをしまうみたいに元の姿に戻った。

スーツを脱ぎ、全裸のまま毛布をかぶり、魔法式をチェックする。
膨大な量だから、どこかにミスがあるのかもしれない。
バニラ「ここだ!。」 やっぱり1か所の魔法式が、意図していたものとは違う働きをしているみたいだ。
魔法式を書き加えたときに、ミスをしてしまったらしい。
これでは、別次元のぼくの体を無限に召喚し続け、しかもループしてフラクタルな世界につながってしまう。
もう少し止めるのが遅ければ、ぼくはこの街を飲み込む肉の塊と化していただろう。
想像するとぞっとした。
それにしても、体の部品を増やせるとは興味深い…。
該当部分を直す前に、この失敗を念のためメモしておこう。
しっかりとメモをとったあと、専用のインク消しで消して、修正した魔法式を書き込む。
これで大丈夫だ。

もう一度スーツを着て、左手に集中する。
よし、今度は左手首が空中に残ったままだ。
余計な手も生えていない。
左手首は、ぼくの意思にしたがってグーパーを元気に繰り返している。
次に、首に意識を集中する。
顎が邪魔で見えないが、首のあたりが青く光りだした。
ぼくはそのまま10歩ほど前に歩いた。
すると、ぼくの頭は空中に浮かんだまま、首のない胴体が前に進んでいくのが見えた。

スーツは、空間転移リングを拡張して、全身を覆うようにした魔道具だ。
リングのような限られた面ではなく、体を覆っている全ての面で、体を切り離すことができる。
どの角度でも、何か所も同時に、だ。

さらにぼくは、あるイメージを頭に思い浮かべた。
すると、手首と首の断面の光が消え、断面があらわになった。
さっき眺めている時に、リングの魔法式には、安全装置のようなものが付いているのがわかった。
レリックの魔法式は複雑だけど、たまーに部分的にわかることがある。
安全装置は、断面を光で保護して、見たり触ったりできなくする役割があるようだった。
でも常に不死状態であるぼくには不要な機能、むしろ邪魔な機能だ。
だから、ぼくはその安全装置を少しいじって、任意にオフにできるようにしておいた。
これで、ノコギリとかを使わなくても簡単に体を切断できる。
改造手術がラクになるぞ。

ぼくは体に回れ右をさせて、空中に浮かんでいる頭に向かい合わせた。
右手を前に出してパーにして、指の各関節に集中する。
関節が光り始めた。
動きをイメージする。
すると、ぼくの指は、合計14個の小さな肉片となって床にバラバラと散らばった。
切り離したパーツは、イメージ次第で重力に従うこともできる。

ぼくは一旦体のすべてのパーツをつなぎ、もとの姿に戻った。
もう少し動きのテストをしておこう。
ぼくはテーブルの上に寝そべって、全身にイメージを集中した。
ぼくの首から下の体に、10センチ間隔で光の輪が現れる。
そしてぼくの体はその光の環にしたがって輪切りにされ、各パーツには数センチのスキマが開いた。
首だけを空中に浮かせ、ぶつ切りにされた体を眺める。
ぼくは小柄な少年だけど、今はおそらく2.5メートルを越える大男になっている。
さらに集中した。
ぼくの体はさらに薄い輪切りにされ、1センチほどの厚さになった。
ぼくはそれぞれのパーツを操作して、テーブルの上に、カジノのチップよろしく円筒形の山を作ってみた。
また、ハムみたいになった体を筒状に丸めたり、ピザのように扇形に切断してみたりもした。
最後に薄切りのぼくのからだを集合させ、再び人間の形に戻った。

次はまず、ぼくの首を切断して、頭を切り離す。
すこし操作に慣れてきて、ほとんど集中しなくても、日常動作のように首を浮遊させることができた。
次に、少し難しいのだけど、首から股間にかけてイメージを集中する。
ぼくの体に、垂直な光の線が入る。
そのまま首のない体は、正中線にそって切断され、右半身と左半身に分かれた。
もしスーツを着ていない状態で切断したら、重力に負けてそれぞれが左右に倒れてしまうだろう。
歩くにしても、バランスを取るのが大変だ。
しかし今は、スーツのおかげでぼくの体は空間に固定されているおかげで、余計な気を遣う必要がなかった。
左右の体が数十センチ離れたまま、10歩ほど歩いてみた。
一度止まり、右半身だけ回れ右して、向かい合わせになってみる。
右半身だけ座ってみる。
左半身が宙に浮いて、そのまま浮遊して宙返りをしてみる。
いろんな動作ができて楽しい。
ぼくは座っている右半身と、ふわふわ浮いている左半身に意識を集中した。
次の瞬間、ぼくの意図に従い、右半身と左半身がそれぞれ5㎝角のサイコロ状に寸断され、床の上に小さな山を2つ作った。
空中に浮いたままのぼくの生首は、成功の喜びを抑えきれず、ニンマリと笑った。

テストを終えもとの姿に戻ったぼくは、スーツの上から普段着を着こんでみた。
この見た目なら、普段のぼくのファッションにほとんど影響を与えないだろう。
これからは、このスーツをアンダーウェア代わりに着て暮らすことにしよう。
そうそう、明日は呪い屋に持って行って、修復の呪いをかけてもらおう。

<おしまい>