0050左右にまっぷたつ!わくわく人体切断実験
夕食の用意をしている。
とはいっても、そっち方面にズボラなぼくは、野菜やフルーツなどを適当に切ったりちぎったりして皿に盛りつけるだけだ。
調理を覚えた方が絶対に良いとは思うけども、それにかかる時間のことを考えると、どうしてもしり込みしてしまう。
知っての通り、僕の体はちょっと特殊だ。
普通の人に比べて、魔法薬の効き目がメチャクチャ強く出るんだ。
その体質を使って、どんなにバラバラになっても生きていられる状態になったり、死にそうなケガもすぐに直すことができる。
少し前、ローズと水晶洞に行ったときに、天井から落ちてきた巨大水晶に腰を切断されて上半身と下半身のまっぷたつに切断されたことがあった。
この場合は、当然上半身についている、頭がぼくの意識の中心となった。
oto1{さく。}
キャベツを真ん中から2つに切る。
左右に分けられたキャベツを見ながらふと思ってしまった。
もし僕の体が縦に真っ二つになって、脳が二つに分けられたら、僕の意識は左右どちらの体に宿るんだろう。
2つの脳それぞれに意識が生まれ、2人の個別のバニラが生まれてしまうのだろうか。
今まで体がバラバラになったことは何回かあったけど、脳が分断されたことは1度もなかった。
いったん気になると、いてもたってもいられなくなった。
ぼくは夕食もそっちのけで、作業部屋に向かった。
作業部屋に、材料を切るための回転のこぎりが置いてある。
これを改造して、丸いのこぎりの歯を大型のものにした。
ハンドルを回すと、材料をノコギリに押し当てて切断できるようになっている。
これで僕の体を簡単に2つに斬ることができる。
ぼくは、材料台の上に乗った。
めがねを外して、脇に置く。
足を延ばして、ちょうど足の間で丸のこをまたぐようにする。
丸のこは僕の股からまっすぐ上に移動し、両目の間を通り、頭の先まで移動する予定だ。
つまり、僕の体は左右均等に真っ二つになる。
丸のこで押されて変な形に切断されないように、足首を簡易的な枷で固定した。
これで綺麗に切断されるはずだ。
ハンドルを回す。
oto1{シャアアアアン・・・}
歯車や魔法の力が機械の中をめぐり、回転のこぎりが金属的な音をたてた。
作業台がゆっくりと動き、丸のこが僕の股間に近づいてくる。
oto1{ブゥゥゥゥゥン・・・}
音が少し低くなった。
ぼくの股間の肉がのこぎりにあたり始めたんだ。
バニラ「いててて・・・。」
不死化しているからかなりマシになっているものの、肉や骨が切られる痛みはちゃんとある。
続いて骨盤が切断されている振動が、脊髄をとおして頭蓋に伝わってくる。
丸のこは、ぼくの脊椎をまっぷたつに割りながら、体の真ん中をまっすぐ顔に近づいてくる。
切断されるのが脊髄の刺激になるのか、ちょくちょく僕の意思に反して僕の体は痙攣するようにエビぞりになる。
ぼくの体から小さな肉片や骨片が引きちぎられて、材料台や天井、部屋中に飛び散っている。
丸のこの切れ味が十分でないから仕方がないけど、すごく汚い感じがする。
あとで簡単に片付くからいいんだけど・・・。
今は調度みぞおちのあたりまで、僕の体は切断されている。
試しに両足を動かしてみる。
oto1{ぴくぴく。}
両足の足先は、僕の意思通りに元気に動いている。
不死身の状態にある僕は、たとえ体のパーツを切り離されても、そのパーツを遠隔で動かすことができる。
丸のこは顎を割り、上唇のところまで来た。
丸のこが顎を上に押すので、顎を下に向けるように力を入れておかなければいけない。
ほぼ半分になった体で、僕はハンドルを回し続けている。
ここからが実験のメインだ。
この丸のこはぼくの脳を二つに割るだろう。
体験することを、しっかりと観察し、覚えておかなければならない。
丸のこがぼくの両目の間に差しかかった。
左右の目を真ん中に寄せて、丸のこの動きを見守る。
脳の下底部が切断されているらしい。
視界に火花のようなものが頻繁に見える。
今のところ、それ以外に僕の意識に変わったことはない。
相変わらず、1人のバニラのままだ。
ついに丸のこは頭頂部の骨を切断し、僕の体は左右均等に真っ二つになった。
僕の体はそれぞれ左右に少し転がり、断面がやや上を向く格好になった。
ぼくはハンドルを離し、機械の動作を停止した。
切断された後も、僕の意識には全く変わりがない。
脳のわずかな一部が引きちぎられて台にこびりついたりもしているが、切断される前と全く同じ、個人として僕は存在している。
僕は首だけを起こして体のほうを見ると、試しに両手を動かしてみた。
ぼくの視界に、ぼくの右手と左手が映って、握ったり開いたりを繰り返す。
右手を動かそうと思えば右手が、左手を動かそうとすれば左手が、ちゃんと思った通りに動く。
ただ一つ変わったところが、左右の体を別々に操作できるということだ。
僕は、右の体だけ上体を起こし、材料代の端に腰かけてみた。
視界に別々の景色が2重に重なって、なんだか変な感じだ。
右の体をひねって見回すと、左半身がそのまま材料台に横たわっている。
断面には脳や心臓、骨や筋肉、その他の臓器がきれいに並んでいる。
そのどれもが機能しているらしく、心拍に合わせてわずかに脈動している。
ちょっと楽しくなった僕の心を反映して、左半分の顔がニヤっと笑ったのが見えた。
一方で左の顔からの視界では、右半分になった体が奇妙に体をねじって僕を見下ろしていた。
こうなってみると徹底的にやってしまいたいのが僕の性格だ。
僕はまず、作業部屋にあったスプーンを取って、右手にとった。
そのあと、左半身の頭の断面に見えていた脳を、輪切りメロンから果肉をほじくりだすようにして取り出した。
片足で飛び跳ねるように移動しなければならないことに苦労しつつ、取り出した左の脳を、薬草をすりつぶす石臼に置く。
右手で棒を構えると・・・。
oto1{ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。}
上から勢いよく突いて、形を崩し始めた。
棒が振り下ろされるのに合わせ、脳がつぶれるのに合わせ、視界に大きな光が見える。
僕の意識には全く変化がない。
脳をすりつぶしているのは右半身だけになったぼくで、頭が空洞になった左半身はまだ材料台に寝ている。
oto1{ごりごりごりごり・・・。}
鉢の中で棒を円を描くように動かし、脳をすりつぶしていくと、やがてパテ状になった。
それでも僕は1人のバニラで、個としての思考を保っている。
むしろ、今までまったくひらめくことができなかったアイデアが急にこの瞬間、津波のようにひらめいてきた。
おそらく、脳のいろんな部分が石臼の中でランダムにつなげられているせいだろう。
僕は「元通りグミ」をカバンから取り出し、右半身の断面から、真っ二つになっている胃に直接グミを置いた。
すり鉢の中のペーストが蠢き、少しずつ形が具体的になってきた。
作業台にへばりついていた肉片も、いつの間にか左半身に戻っている。
僕はパテをすくい上げ、左の頭に押し込む。
すぐに脳は元の形に戻り、左の頭に収まった。
そして右半身を材料台の左半身の横に横たえた。
あとは両手を使って、頭・胸・腰の順番に左右から押し付け、左右の体を癒合させる。
これで元通りだ。
起き上がってみると、僕はめまいのようなものを覚えた。
グラグラして、体のバランスがとれない。
脳をいじった副作用かな?
壁際にある姿見を見ると、体の中心線にうっすらと線のようなものが見える。
そして左右の目、口がすこし上下にずれているのだ。
そうか、癒合するときにしっかりと上下を合わせきれていなかったせいか。
僕は左手の手のひらを顎の下にあて、右手でこぶしを作って頭頂部の出っ張っている方の半身をたたいた。
こんっ。
顔のずれがなおり、ピタッと収まった感じがして、中心線も消えた。
僕の脳は、ミンチになっても問題なく思考を続けることができた。
おそらく僕は、どんな細切れにされても、全身をひき肉にされても、1人のバニラとして個を保つことができるのだろう。
気が済んだ僕は、夕食の支度に戻った。
<おしまい>