0030めざせ改造人間!さいしょの魔改造オペ

日差しが優しい夕方だった。
ぼくは、家の南側にあるサンルームで、ロッキングチェアに揺られていた。
既に両親は他界していて、この家にはぼく一人だけが住んでいる。
誰もいない家は、ロッキングチェアがゆれる音が響くくらいに静かだった。
ぼくはぼんやりと考え事をしていた。

ゾンビグミを食べると、一時的にぼくの体は不死身状態になる。
首を切断されようと、胴に大穴を開けられようと、へっちゃらになるんだ。
ただ、このグミにも欠点はある。
一つ目は、当然だけど事前に食べておかなければいけないということだ。
自分が大けがをすることが、事前にわかる人間なんているだろうか?
いや、魔法学院の占い部にはたくさんいるけど、そういう人間だって完璧には予想できない。
二つ目に、あまりないパターンだけど、お腹がいっぱいの状態では食べられなかったり、効き目が遅くなってしまうということだ。
これらの欠点を改善できないだろうか。

ぼくはかたわらのテーブルから桃をとりあげると、二つに割った。
そのうちの一つを口に入れる。
甘い。
もう一つの片割れは、テーブルの上に乗っている。
真ん中に丸いタネがはまったままだ。
それを見た瞬間、ぼくの頭に稲光のようにアイデアが降り立った。

翌日、ぼくは家の中にある作業部屋に向かった。
ここには、ぼくが魔法薬や魔道具を作るときに必要な設備や道具が、機能的に並べられている。
今回の改善に必要な装置は簡単に作成できた。
ゾンビグミの素材である、栄養剤を自動的に合成する装置だ。
栄養剤自体がそれほど難しい魔法薬ではないので、日常的に作っている魔道具作成の要領で作ることができた。
装置の大きさは長辺2センチくらいのカプセル型。
昨日のうちに完成させ、復元の呪いをかけてもらってある。

ぼくはカバンからゾンビグミを取り出し、飲み込んだ。
そうしないと、これから行う手術にはとても耐えられないだろう。
いつも使っているクラフト用ノコギリを手に取る。
それを自分の首にピッタリとあてて…。
oto1{ごり、ごり、ごり。} ぼくは自分の首を切り始めた。

首を切り落としながら、ぼくはプランを振り返っていた。
カプセルは、自動的に栄養剤を合成し続ける。
だから、これを体に埋め込むと、体の中に直接栄養剤を注入してくれ、ぼくの体はずっと不死身状態になるというわけだ。
カプセルには栄養剤の原料が必要だけど、口から食べるだけでその成分がぼくの血管を通ってカプセルに吸収される。
ちなみにその原料とはぼくも庭で育てている一般的なハーブで、ぼくの大好物。
普段から食事で食べているけど、今度からはそれが不死身化にも役立つってわけ。
ちなみに、復元の呪いがかけてあるから、万一この装置が壊れても大丈夫だ。
装置を埋める場所は悩んだけど、頭の中に埋めることにした。
万が一にも、首だけになって何日も生活しないといけない場合もあるかもしれないからね。

首の切断を続ける。
軽く背筋が痙攣する。
グミのおかげで肉が切れる感覚はあるけど、痛みは全くない。
oto1{ガリ。ガリ。} 頸椎にあたったらしい。
自分の首にのこぎりを当てる変な体勢だから、なかなか上手く切り落とせない。
oto1{ぶちん。} 頸椎が切断されると、肉だけで首とつながった頭が逆さまにぶらんと宙吊りになってしまった。
いけない、いけない。
ぼくは左手で髪をつかみ、首の上の位置に頭を起こした。
そして左手で髪を引っ張ったまま残りの肉を切った。 バニラ「おわわわっ。」 手を滑らせてしまった。
ぼくの生首が手からこぼれ落ちる。
空中でつかみ取ろうと必死で手を動かすが、うまくつかめない。
oto1{ごんっ} 結局、思いっきり机に頭をぶつけてしまった。

頭を両手でつかみ、慎重に作業台においた。
ここからがこの手術のキモだ。
ぼくは頭のなくなった体を操作して、道具置き場に移動した。
器具を取ろうとするが、ぼくの視界は作業台の生首のままなので、つかみ取るのに時間がかかってしまった。
その器具は、奇妙な形をしている。
今回のために作った器具で、真鍮製で小さな球形のくぼみが2個ある。
そして端には大きな尖った針が生えている。
その針を頭のない体の、首の断面にある気管の穴に差し込んだ。
脊髄が軽く痙攣し、一瞬だけ海老反りのような動きになった。
器具は今、本来頭がある位置に固定されていて、本来目がある2つの位置それぞれの少し下に、くぼみがひとつずつ位置している。

ぼくの体が次に手にしたのは、大きめのスプーン。
右手にそれを持ち、左手の親指はぼくの頭、右目の下にあてる。
そのまま、あっかんべーをするように下まぶたを下げる。
スプーンをまぶたと眼球の間に差し込み、てこの要領で優しく傾ける。
oto1{きゅぱっ。} 間抜けな音と同時に、ぼくの視界の景色が二重に重なった。
そのうち一つは左右に揺れている。
おそらく今、ぼくの目玉は視神経や眼筋がつながったまま、ぶらぶらとぶら下がっているのだろう。
目玉をつかんで視神経などをハサミで切りとり(もちろんゾンビ化しているので切断した後も眼球の視界はちゃんとある)、手のひらでつかんだ。
そしてそれを、首の上の器具のくぼみに収める。
左目も同様に器具にはめる。
首の上の器具に、マンガのように目玉が2つくっついた。
これで、視界が体側に行き、自分の頭を見ながら頭の手術をすることができる。

器具にはまった目玉から作業台を見ると、目の位置にぽっかりと空洞が開いたぼくの生首がこっちを向いている。
ちょっとおかしな光景だなと思った。
すると、その心情が表情に出てしまったのか、机の上の目玉のない生首が口角をあげ、ニンマリと笑った。

さて、これからぼくは頭の中に器具を埋め込まなければならない。
左手でしっかりと頭を抑え、右手ののこぎりを頭のてっぺんに、垂直にあてる。
oto1{にちゃ、にちゃ。} 頭のてっぺんの皮がまっすぐに切れ、下に白い骨が見え始めた。
それにしても、ぼくの作業に合わせて、机の上の生首は眉をしかめたり、口をゆがめたり、舌をぺろっと出したりしている。 バニラ「ぼくって作業中はこんな表情をしてるのか…。」 と、思ったりした。
oto1{かり、かり。} 頭蓋骨をのこぎりで斬ろうとするけど、つるつる滑ってうまくいかない。
少し傷がつくだけで、その先に進んでいかない。

このままでは埒があかないので、別の手段を取ることにした。
頭が外れた体でキッチンへ向かう。
手にしたのは、カボチャを割るときに使っている、大きなナタと、ハンマー。
まずはナタを頭頂部に垂直に当てる。
そして首のない体がハンマーを構えて、慎重に降り下ろし…。
oto1{バキャッ。} 少し力加減を誤ったみたいだ。
ぼくの頭は、首の部分の皮を残し縦半分に真っ二つになってしまった。
左半分は左に、右半分は右に、それぞれゴトンと音を立てて倒れてしまった。
そしてナタが脳の変な部分を刺激してしまったらしく、下腹部や背筋が一時的に麻痺する。
危うく膝から崩れてしまうところだった。

机の上の頭を見ると、断面にはきれいに脳の断面が見えていて、脳が脈拍に合わせてわずかに膨張収縮をしているのが分かる。
舌が情けなく口から飛び出している。
バニラ「…予定とは違うけど、まあ問題ないか。」 ぼくは脳の最下部を見つけて、ノミで骨を少し削り、脳をスプーンで上に押し上げた。
これで装置を組み込むスキマができた。
それにしても、脳に触ると視界の中に火花が散ったり、変な感触を感じることがある。
好奇心からぼくは脳のある部分をフォークで突き刺してみた。
においをつかさどる部分だったのだろうか、苦い薬草を食べたときのにおいが鼻によみがえった。
2つに割れた顔は眉をしかめ、口をゆがめている。

脳にできた空間に装置を埋め込み、装置から出ているいくつかの管を血管の各所に接続し、これで作業のメインは完了だ。
後はぼくの体を元通りにすればいい。
ぼくは「元通りグミ」をつまんで、首に刺さっている器具のスキマから食道の穴にグミをねじ込む。
ぼくの体が変化を始める。

机の上にある頭の断面、脳や骨や皮膚の断面が蠢き、小さな突起が出始める。
再生動作が始まっている。
自分では見えないが、首の断面でも同様のことが起こっているはずだ。
2つに割れた頭を両側から起こし、張り合わせる。
すぐに割れ目は消え、元の頭の形になった。
首の上の器具から眼球を取り外して、生首の眼窩にはめ込む。
はめるときに視神経がまぶたからはみ出てしまったが、すぐにちゅるんと音を立ててまぶたと眼球の間から中へ潜っていった。
ぼくの愛しの顔が机の上に戻ってきた。

最後に、首から器具を抜いたあと、頭を両手で挟むように持って、首の上に持ってくる。
繋がった…けど、向かい合わせに置いてあったのをそのままはめたから、このままでは逆だ。
顔が背中の方を向いてしまっている。
ぼくはもう一度頭を両手ではさみ、そのまま180度回転させた。
oto1{ぐるん。} これでぼくの体は元通りだ。
そして、グミを食べなくても、ハーブを食事で接種するだけで不死身状態になることができる。
今はまだグミの効果が続いているから、明日改めてテストすることにしよう。

一晩明けて朝の8時。
早速実験を開始することにした。
まず、左手首の甲を軽く切ってみる。
痛みとともに、少し血がにじんできた。
昨日のグミの効果は完全に消えている。

ハーブをいつもの量摂取する。
これで一定時間後に脳内の装置が魔法薬を生成し始め、不死身状態になれるはずだ。
効き目が出るのは、ハーブが胃でとかされて吸収され、血液の中に十分な量の成分がめぐり始めてからになるだろう。
それがいつになるのかはわからないので、ここからは5分おきにテストを行う。
さっきのように皮膚を傷つけてみて、血が出たり、痛みを感じるようであれば、不死身状態にはなっていないことになる。

5分経過。
左手首の甲を軽く切ってみる。
痛みとともに、傷口から血が滲み出してくる。
効果はまだだ。

10分経過。
さっきの傷口の隣を新しく傷つけてみる。
やはり痛みと出血があった。

15分経過。
再び手首を切る。
…切った感覚はあるが、痛みはない。
出血もなく、肌色の傷口が見えている。 バニラ「成功だ!。」 グミのように即効性はないけど、思っていたよりは早く効果が出た。

ぼくはノコギリに持ち替え、左手首にあてる。
oto1{ぎこ、ぎこ、ぼとん。} 切断した左手首が机に落ちる。
先がなくなった左手を動かしてみる。
机の上に転がった左手首が、にぎにぎと手を開いたり閉じたりした。 バニラ「うん、身体機能にも問題なさそうだ。」 あとは、この効果がどれだけ続くのかを見極める必要がある。
グミの場合は、効果が出始めてから3時間くらい効き目がある。
新しい仕組みではどれくらい継続するのだろうか。
ぼくは、「もとどおりグミ」を食べずに、左手首を切断したまま待ってみることにした。 バニラ「左手がないとちょっと不便だけどね。」

3時間経過。まだ左手に変化はない。
4時間経過。意外にも、グミの効果時間を超えたがまだ効果が持続している。
6時間経過。驚くことに、まだ左手は切断したまま動かすことができる。
16時間経過。午前零時。変化なし。夜も遅くなったけど、途中でやめるわけにも行かないので、今夜は徹夜することになりそうだ。
23時間経過。夜が明けた。左手首に、わずかな痛みを感じる。切断面に血がにじみ始めているように見える。左手を動かしてみると、まだ動くが少し動きが鈍い。
24時間経過。これ以上の痛みには耐えられない。切断面からは血が流れだしてきている。左手はもう、ぴくぴくとしか動かない。
ぼくは実験を断念して、「元通りグミ」を飲み込んだ。

グミとして取り込んだ場合に比べて、効果が8倍も長持ちするという結果になった。
原因は改めて調べる必要があるけど、しばらく血中を回っているハーブの成分を原料に、装置が継続的に栄養剤を作り続けられるからかもしれない。
今回のように激しい体の損傷をともなって行う体の機能追加は、ぼくの特殊な体質あってのものだ。
ぼくは、この手術を魔改造(魔法的身体改造)と呼ぶことにした。
とにかく、ぼくの初めての魔改造手術は成功に終わったのだった。

<おしまい>