0020僕の体が粘土に!?隠し部屋に行こう
日が暮れたあとの部屋は、とても静かだった。
大きく開いたあかり取りの窓からは、星空がのぞいている。
バニラ「やれやれ、今日はいろんなことがあったなあ。」
ローズと水晶洞に行った日の夜、ぼくはロッキングチェアに腰かけ、ゆられていた。
水晶が落ちてきたときはもうだめかと思ったけど、腰が切断される程度ですんでよかった。
正直なところ信じられないくらい痛くて、ローズがいた手前、カラ元気をしていたところはあった。
切断されていたのが首だったり、脳がつぶされていたらきっと僕は即死だっただろう。
不幸中の幸いというやつだ。
すこし早いけど、今日は休むことにしよう。
いろいろ疲れたしね。
眠る前にやることがある。
僕は毎日、日記帳に記録をつけることにしていた。
今日はたくさん書かなければならないだろう。
oto1{こつ、こつ、こつ}
ぼくは書斎に向かった。
ドア以外に出入り口も、窓もないこの書斎には僕のお気に入りの本が、壁に作りつけられた書棚に数えきれないほど収まっている。
oto1{カチャリ。}
ぼくは書斎の鍵を内側からしめた。
日記はぼくの大切なプライベートだ。
だれにもわからない所に隠してある。
僕は入念に周りを見渡し、自分の家の中ではあるが、周りに人の目が無いことを十分確認した。
ぼくは書斎にいくつかある書棚の前を歩き回り、その中の一つの前で立ち止まる。
「守銭奴」と題された本を引き抜いた。
手に取った本をもし誰かが見ていたとしたら、不思議な感覚を覚えるだろう。
本の背表紙から小口までの長さが、それが収納されていた書棚の厚みよりもずいぶん長い。
普通に書棚に収めたのでは、本の背表紙が大きく書棚から飛び出してしまうだろう。
この本がどうやって書棚に収まっていたのか。
その仕掛けは、書棚の奥の壁を見れば分かる。
書棚の奥の棚には、「守銭奴」と同じ高さ、同じ幅で、奥行きが10センチほどの穴(へこみとも言える)がある。
僕はバッグから2個のグミを取り出した。
どちらも豆くらいの大きさで、色はそれぞれ黄色と緑だ。
僕はそのグミを空中に放り投げると、器用に口で受け止めた。
すぐに僕の体に変化が現れた。
全体がわずかに透け、体の端ではロウソクの光が透過し始めた。
足元では、ブーツを履いた足が自重に負けて、床にたたきつけられた粘土のように広がっている。
ひじはゴムチューブのようにゆるやかに曲がっている。
ぼくは以前、魔法学院に通っていた頃、大変な事故に遭ったことがある。
この事故についてはまたの機会に詳しく話そうと思う。
ここで話しておきたいポイントは、この事故により僕は全く魔法を使えなくなってしまったということだ。
そしてそのかわりというと変かもしれないが、普通の人よりも桁違いに魔法薬の効き目が出やすい特異体質を手に入れた。
さっき僕が口に入れた黄色いグミ。
これは、体をやわらかくする安物の魔法薬だ。
普通の人が飲んでも、体前屈の結果が+1㎝されるくらいの効果で、街でもよく売られているような、一般的なものだ。
(売られているものはふつう、液体だ。ぼくも以前は液体薬を使っていたんだけど、薬を入れた瓶を持ち歩くのがなにかと不便だったので、グミにして使っている。)
この薬を僕が飲むと、体が粘土のようにぐにゃぐにゃになって自由に形を変えられるようになるんだ。
ぼくはこれを「粘土化グミ」と読んでいる。
僕は一旦体の力を抜いて、粘土のように柔らかくなった体を重力に任せた。
頭や手足が波打って床に崩れだし、僕は小さな粘土の山になった。
頭や手足のパーツが混ざることはないけど、それぞれのパーツがつぶれたような形で重なっている。
ぼくは山の中央から頭のパーツを少し持ち上げてねじり、先端を軽く尖らせた。
その頭を書棚の穴にむけてねじ込む。
みっちりと穴に密着したぼくの体は、穴の形にあわせて、四角く細長い体に変形してしまっている。
そのままの形で、身をよじりながら穴を進んでいく。
おそらく書斎側から見れば、書棚からブーツだけが飛び出しているように見えるはずだ。
穴は書棚側から覗くと、奥行きが10センチほどのただの穴だが、実は奥でL字に曲がっている。
曲がり角にはフタがあり、粘土化した僕が押し開けない限り開かない。
何も知らない人がこの穴を見ても、まさかこれが通路だとは思わないだろう。
もしその秘密を知っていたとしても、僕以外の人間がこの通路を使うことは不可能だ。
僕はL字カーブを体をくねらせながら前進していった。
やがてトンネルの出口が見え始めた。
出口には1センチ角の金網のフタがしてあり、頑丈に溶接してある。
簡単に取り外すことはできないだろう。
僕は躊躇なく、体をそのまま網に強く押し付けた。
金網に合わせて、粘土の体が僕の体に溝ができ始め、そして・・・。
oto1{ぷつっ}
僕の体が網目のとおりの1センチ角に裂け始めた。
それでも僕は体を押し付け続ける。
oto1ずぶ。ずぶ}
金網で体がいくつもの細切りに分割され、金網を通って外側にぶら下がっている。
全身に体が切断されている感覚はあるが、痛はほとんどなく出血もない。
ここでまた説明しないといけないことがある。
僕がさっき飲んだグミのうち緑の方、これはゾンビグミと呼んでいる。
このグミの成分は、飲んだ人の体調を整える、魔法栄養剤のようなものだ。
これを僕が飲むと、一時的に僕は死なない状態になることができる。
ぼくはこの状態を不死身状態と呼んでいる。
不死身状態になると、体がいくらバラバラになっても死ぬことはない。
加えて、痛みもあまり感じなくなる。
効果は3時間ほど続いて、その間はバラバラになった体のパーツをそれぞれ動かすこともできる。
さて、細長く裁断されて金網から押し出されてきた僕の体は、床に向かってゆっくり落ちた。
そしてゆるやかにとぐろを巻きながら、そのまま床にスパゲッティのように積み重なった。
僕は細切りになった体のうちの1本を器用に使って、カバンの中から白いグミを取り出した。
そしてスパゲッティの中から口がひっついているものを探し出し、その口中にグミを放り込んだ。
これは、水晶洞で食べたものと同じグミ。
「元通りグミ」と呼んでいて、体がどんにバラバラになっても、これを食べるとすぐに元通りになることができる。
スパゲッティは蠢いて縦に盛り上がり、ねじれて一つの塊になった。
塊はくびれて首や腰、次には股や脇を形成し始める。
10秒もする頃には、塊は元のぼくの形になったように思われた。
ちなみに僕が身に着けている服やカバンやブーツも金網を通り抜ける時にはバラバラの布切れになっていた。
でもこれらには「修復の呪い」がかかっているから、僕の体と一緒に元通りになっていた。
バニラ「あれ?でもなんか変だ。なんで僕のからだが、僕の前に立ってるんだ?
それに天井と床があべこべだ。」
冷静に状況を確認してみる。
なるほど。
元通りになったと思ったけど、頭だけが僕の体の足元に、上下さかさまに転がっているらしい。
ぼくは、首から下の体を操作して、頭を拾い上げようとした。
この操作は何度かやったことがあるけど、いまだに慣れない。
ようやく髪をつかみ、頭を首の断面のあたりに持っていくと、頭側の断面と体側の断面の肉が引き寄せあう。
磁石に吸い寄せられる砂鉄のように山が盛り上がり、それぞれの断面から出てきた山が融合し、すぐに切断面が無くなってしまった。
これで元通りだ。
首をしっかりとくっつけた後、僕はランプにあかりをつけ、秘密の部屋をぐるりと見渡した。
ここには僕の重要な書類や、コレクションが保管されている。
壁には綺麗な形のランプや、ガラスに入った珍しい動植物の標本。
僕は、部屋の全体を眺めることができる位置に置かれた、マホガニーの机に座った。
ゆっくり息をして、今日一日起こったことを頭の中で思い出す。
ぼくは日記帳を開くとペンにインクをつけ、文字を連ね始めた。
<おしまい>