0012危うし!魔改造人間

ぼくはよじ登った木の上で、セミのようにしがみついたまま、動くことができずにいた。
ずり落ちないように注意しながら、ゆっくりと下を見る。
oto2{グルルルル…} 恐ろしい。
真下には凶悪なまなざしのケモノが、うなり声をあげながら一瞬の隙もゆるさずこちらを見上げている。
口元には、ぼくの腹から食いちぎったあばら骨をくわえている。
そう、ぼくはヤツから重大なダメージをうけていた。
ぼくの腹はケモノに食いやぶられ、大きく開いた傷口からは内臓がだらんとたれ下がっている。
その傷を手当てするヒマもない。
残った力をふりしぼって、必死で木にしがみついているのが精一杯だ。
バニラ「くそっ…どうしてこんなことになってしまったんだ…。」 ぼくは事の経緯を思い出した。


よく晴れた、風がさわやかな日だ。
あちらこちらから人々の会話が聞こえてきて、街はいつもよりにぎやかだ。
ただにぎやかなだけでなく、街ゆく人々もなんとなくゆったりとリラックスしているように感じられる。
今日は休日。
ぼくはローズと連れだって、魔法学院から下にのびる坂の途中にある商店街に来ていた。
今日はお互いに必要なものを買出しに来ているのだ。
ぼくたちは、わりと頻繁に二人で出かける。
商店街はもともと魔法学院の学生や研究者向けの商品を扱っている。
魔法学院の研究生であるローズは必然的に、必要な材料や機材を商店街でそろえることが多いのだ。
困ったことに、彼女は魔法の行使には長けている反面、材料や機材の知識についてはうといところがある。
だから、素材や器具について比較的精通しているぼくがアドバイザーとしてついてきているのだ。

一方で、ぼくもありふれた材料をそろえる時は、自宅から近いこの商店街を利用することが多い。
そんなときにローズが一緒に行ってくれると、実はぼくにもメリットがある。
ローズがマントにとめ具として着けている金色のバッジ。
これは、スカラヴィル魔法学院の学証だ。
スカラヴィルの商店街では、学証を見せれば商品を割引価格で売ってくれる店が多い。
もともとスカラヴィルの街並み自体が魔法学院の学徒への商売で発展した街であるため、恩返しの意味でそのような特別待遇を設けている店が多いということらしい。
だから、ローズといっしょに買い物をすれば、ぼくも自分の商売で使う薬品や部品をお得に手に入れることができるというわけ。

ローズは必要な素材をラクに見つけることができる。
ぼくは素材を安く仕入れることができる。
だから、二人で出かけた方がお互いなにかとメリットが多いのだ。

ただひとつ、デメリットもあって…。
バニラ「お、重い…。」 ぼくの両手には大量の荷物がずっしりとぶらさがっていた。
つまり、2人で出かけると必然的に男のぼくが荷物持ちになってしまうのだった。
ローズ「男なんだから、こんなときくらいカッコイイところ見せなさいよ。」 バニラ「そんなぁ…。魔法で運んでくれたらいいじゃん!。」 ローズ「冗談!せっかく買った物が台無しになってもいいの?。」 たしかにその通りだ、と思ったがその言葉を口から出すのはやめた。
彼女はもともと、物を破壊したり、吹き飛ばしたりする豪快な魔法を得意としている。
その反面、繊細な調整が要求される魔法は苦手だ。
ぼくが持てるくらいの軽量な荷物を運ばせようものなら、買い物カゴごとミックスジュースにしかねない。
バニラ「トホホ…。」 家に帰るころには身長が10センチほど縮んでるんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、ぼくは年老いた馬車馬のような気分でローズの後をとぼとぼとついて行った。
ローズ「仕方ないわね。少し休憩しましょ。」

ぼくたちは展望公園に立ち寄った。
この公園はスカラヴィルの丘の頂上近くにあって、坂からせり出すように作られたデッキの上に作られている。
ひらけた場所にあって、スカラヴィルを見下ろすように一望することができるため、自然とそのように呼ばれるようになった。
まあ、公園とはいっても、レンガ敷きの小さなスペースの上にベンチが2〜3個ほどと、植え込みや街路樹があるだけの小さな空間だ。

なかなかの絶景スポットだけど、入り口が人気のない裏路地にあるため、普段はあまり人がいない。
現にぼくたちがこの公園に入ったとき、他には誰もいなかった。
公園に入るやいなやベンチにへたりこんだ、ぼくをよそに、ローズは公園の端の崖側にある鉄柵に寄りかかっている。
大きく息を吸い込んで、眺望を満喫しているみたいだ。
ローズ「いい景色。ジャンプしたらそのまま家まで飛んで帰れそうだわ。」 ローズ「それにしても、アンタがあんな能力を隠し持ってたなんて。」 水晶洞のときのグミ型魔法薬のことを言ってるんだろう。
バニラ「隠してたわけじゃないって。言うのを忘れてただけだよ。」 ローズ「フツー、そんな大事なことを言い忘れる? …まあいいわ。」 ローズ「他の魔法薬とかも面白い効き目になるわけ?。」 バニラ「もちろん、いろいろ試してるところだよ。」 バニラ「ああ、そうだ。たとえばこんなこともできることになったんだ。」 ぼくは、カバンのなかをごそごそと探った。
大きめのナイフを取り出す。
ナイフを鞘から抜き、首の後ろにぴったり当てて、左手をそえる。
ローズ「ちょっと!なにをする気…!?。」 バニラ「まあ、見てて。」 ぼくはそのまま両手に力を入れる。
oto1{ズブッ} 一度では切断しきれず、ナイフは首の中ほどで止まってしまった。
突然のことにローズは何も言わず、ただ口をパクパクさせている。
右手に力を入れ、刀をスライドさせながら引く。
oto1{ぼとっ、ゴロゴロ} 首が完全に切断され、地面に転がった。

彼女は完全に青ざめた顔をしている。
ローズ「だ、だれか人を呼ばないと!。」 首が取れた時点で、普通なら人を呼んでどうこうなるものでもないと思うんだけど。
まあ、そのくらい彼女は混乱してるんだろう。
バニラ「待って!大丈夫だから。」 ローズ「ええっ!?。」 ぼくは首のない体をうごかして、落ちた首のほうにヨロヨロと歩いた。
なにしろ頭がないから、うまく体をうごかすことができない。
ようやく頭のところまでたどり着くと、頭を両手でつかんで持ち上げ、ローズの方に向けた。
バニラ「ほらね、大丈夫でしょ?。」 ぼくは生首のままウインクしてみせた。
ローズ「ちょっ…どうなってるの?。」

バニラ「魔法薬が効きやすい体質に気づいてから、いろいろな魔法薬をためしてみたんだ。大爆発したり、液状化したり、結構いろんな事ができるんだよ。」 ローズ「サラッとすごいことを言ったわね。」 バニラ「いろいろ試す中で、魔力を回復する魔法栄養剤を飲んでみたら、バラバラになっても死なない状態になることが分かったんだ。ごく短い期間だけだけどね。」 ローズ「うぇぇ…。それ、痛くないの?。」 バニラ「もちろん痛いよ。でも、魔法薬のおかげでかなり軽減されてるから大丈夫。」 バニラ「しかも切断されたまま動くこともできるんだよ。今見ているみたいに。」 ぼくは頭をジャグリングのように右手と左手の間でもてあそんで見せた。
ローズ「魔法薬のおかげで死ななかったってこと? でも、さっき何も薬を飲んでなかったじゃない。」 バニラ「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた!。」 ぼくは頭を地面に置くと、頭頂部にナイフを当てて、思いっきり力をいれた。
oto1{ぱかっ} ぼくの頭は縦に真っ二つになって左右に転がった。
それぞれの断面には、脳の断面がくっきりと見えている。
バニラ「ほら、ここ。」 ぼくは、2つに割れた頭のそれぞれの口を動かしながら、頭の断面の一部分を指さした。
バニラ「脳の下のところになにかあるでしょ?魔法栄養剤を自動で作り続ける魔道具を埋め込んでみたんだ。だから、ぼくはずっと不死身状態でいられるってこと。」 ローズ「うっぷ…。よくそんな気持ちの悪いものを人に見せられるわね!よくわかったからさっさとしまってよ!。」 バニラ「え~…ちゃんと見た?。」

ぼくはしぶしぶ、カバンから元通りグミを取り出して首の断面から食道に入れた。
真っ二つになった左右の頭は、磁石みたいに引かれあい、そのまま元通りひっついた。
その頭をぼくが持ちあげて首の断面にあわせると、もとどおり首がつながった。
ローズ「その…『手術』? 急に人間離れした体になったわね。正直キモいわ。」 バニラ「ありがとう。ほめ言葉として受け取っておくよ! それから、手術じゃなくて『魔改造』って言ってほしいね。」 ぼくは得意げにドヤ顔してみせた。
ローズ「『星の神童』もただ腐ったわけじゃないってことか。」 ぼくはムッとした。
わざわざ蒸し返さなくてもいいじゃないか。
バニラ「昔のことは忘れたよ。」

ぼくは生まれつき体が小さく、体力もない子供だった。
みんなに混じってわんぱくに走り回ることも苦手だったから、次第に読書や占いみたいな家の中でできることをする事が多かった。
だから10歳になって魔法学院に入ってからというもの、その生活の延長とも言える魔法の学習と研究にのめりこんだ。
今から思えば、それだけが取り柄だと思っていたところもあったのかもしれない。
ぼくが同世代の魔法使いの中では抜きん出た魔法の使い手になっていったのは、自然な流れだった。
書物を読むことももともと好きだったため、魔法に関する知識も大人を唸らせるほどになっていた。
そんなこともあって、ぼくのことを『星の神童』と呼んでいる人が確かにいた。

でもそれはあくまでも昔のこと。
今のぼくは凡才以下だ。
子供でも扱えるような、簡単な魔法ひとつ使えないんだから。

ローズ「なーに不機嫌になってんのよ!便利な体になったんだから、プラマイゼロでしょ!。」 ぼくの不機嫌な顔を察したのか、急に高めのテンションでおどけるローズ。
きっと失言を取りつくろっているつもりなんだろう。
自分から言っておいてなんだ…よ。
バニラ「別に不機嫌なわけじゃないよ。」 ちょっと腑に落ちないけど、ネチャネチャと根にもつのもみっともないし、機嫌を直したふりをしておいた。
彼女が言うことも一理あって、たしかにこの体はいろいろと便利だし、まだまだ無限の可能性があるしね。

ローズ「あれ?そういえば財布がない。」 バニラ「えー!? カバンの中もちゃんとさがした?。」 ローズ「うん…。やっぱりないみたい。さっきのお店ではちゃんとお金を払ったから、その後に落としたのかな?。」 ローズ「ちょっと探してくるから、ここで休んでて。」 そういうとローズはぼくと荷物を置いたまま、元気よく走っていった。

バニラ「そそっかしいなあ。」 まあ、それほど長く歩いたわけでもないから、すぐに見つかるだろう。
バニラ「ふぅ…。今のうちにしっかり休んでおこう。」 ぼくはベンチの背もたれに寄りかかって、だらしなく足を投げ出した。
背もたれにひじをかけて、首はのけぞるようにだらーんと空をあおぐ。
バニラ「ほげ~。」 気持ちいいなあ…。
聞こえるのはそよ風が木の葉を揺らす音だけ。
陽の光もやさしくて、心地よい。
一生この公園に住んでもいいかもしれない。
いや、それはないか。
どうでもいい考えが頭をめぐるくらいリラックスすることができた。
しかし、気持ちのいい時間はそう長続きしなかった。

oto1{タタタタ…} 何かが近づく音がした。
嫌な予感がする。
公園の入り口に視線をやると、そこに小さな影を確認した。
バニラ「げぇっ!。」 と声を出してしまいそうなのを、必死で飲み込んだ。
体中に緊張が走り、背中は一瞬でイヤな汗にぬれた。
天国から一転、奈落に落とされたような気分だ。
ぼくが見たものは、1匹の中型犬だった。

ぼくはどうも犬という生き物が苦手だ。
断わっておくけど、ぼくが彼らを一方的に嫌っているつもりはない。
ルックスだけ見るとふわふわしていてかわいいし、人間に忠実だし、むしろ好感さえ持っている。
ただ、好意はあくまでも一方通行で、彼らの方からはそういう気でもないらしい。
どうもぼくの存在は彼らの神経を逆なでするらしく、近づくだけでヘイトを買ってしまう。
なでようとすれば手をかまれるし、視線を合わせないようにそっと遠ざかろうとしても彼らの方からどこまでも追いかけ回してくる。
きっと前世のどこかで犬をうっかり踏み殺してしまったに違いない。
そうとでも思わないとやってられない。

ぼくは気づかれないよう、ベンチに座ったまま、できるだけ気配を消す。
音を聞かれないよう息をひそめ、衣擦れしないよう動きも止めた。
バニラ「頼むからどこかに行ってくれ…。」 ぼくは唾を飲み込み、相手の様子を凝視した。
その犬の体は全体的に黒っぽく、足の先と鼻先だけが白い。
おでこに縦に白い線が入っているのが特徴的だ。
しきりに地面のにおいをかいでいる。
そして、この場に興味をなくしたのか180度向きを変え、出口へ頭を向けた。
バニラ「よし、いいぞ…。」 ホッと息を漏らした、その時。
oto1{ガチャ、カラカラン…} 安心して体の力が抜けた拍子に、ベンチに置いてあったナイフを地面に落としてしまった。

犬がハッこちらをみて、動きを止める。
そのまま時間が流れた。
ぼくの背中にぶわっと汗が湧き出し、じっとりと濡れる。
体感では10分ほどにも思えたが、実際には5秒ほどだったに違いない。
次の瞬間、こちらの方を見たまま犬が歯をむき出し、唸り声を挙げる。
oto2{グルルルル} ああ、だめだ。
完全にエンカウントしてしまった。
こうなってしまったら覚悟を決めるほかはない。 ぼくは猛烈な勢いで走り寄ってくる犬に正対し、カンフーのポーズをとった。
バニラ「来い!!!。」


木の下で犬が吠えている。
バニラ「うう…どうして勝てないんだ…。」 ローズがお財布を片手に、公園の入り口から入ってきた。
ローズ「お待たせ。お店の棚に忘れちゃってたわ。」 必死に木にしがみついているぼくと目が合う。
ローズ「…って、アンタ何やってるの?。」 内臓まるだしの相手にかける言葉がそれ!?
バニラ「見ればわかるだろ! こいつが! つっかかってくるから! 受けて立ったらこうなったんだよ!。」 木の下では、ぶら下がったぼくの腸をかじろうと犬がぴょんぴょん飛び跳ねている。
ローズ「何をどうやったら野良犬相手にそんなにボロボロになるのよ。中ボスとでも戦ってるみたいだわ。」 バニラ「同感だね。きっとこいつ、犬とドラゴンの雑種に違いないよ!。」 ぼくは足を振りまわして、犬を威嚇した。
バニラ「あっち行けったら!くそっ…魔法さえ使えたら、君なんてネズミに変えてやるんだからな!。」 ローズは呆れたようにため息をつくと、悠々と犬に歩み寄る。
犬は吠えるのをやめて、頭の上に「?」でも浮かんでいそうな表情でローズの顔を見た。
ローズは右足を大きく後ろに引き上げると…そのまま犬を蹴っ飛ばした。
oto1{キャイン!キャイン!} 犬はボールのように吹っ飛ぶと、そのまま転がるように逃げていった。
助かった…幼馴染みが乱暴者で本当に良かった!
oto1{ずるずる} ぼくは木からずり落ちると、服についた木の葉をぽんぽんとはたいた。
バニラ「ふぅ…助かったよ。幸運にも動物愛護団体は見てなかったみたいだし。」 ローズ「アンタの方を保護対象に加えてもらったほうが良さそうだけどね。」 ローズ「思い出すわ…。昔、犬にレイプされかけてたのを助けた事があったわね。」 バニラ「ああ! せっかく忘れてたのに!。」 ぼくはグミを食べる。
はみ出していた内臓がちゅるんと体の中にもどり、お腹に開いていた穴もすぐに閉じた。
かじり取られた肋骨は…犬のヨダレがついていて体に戻す気はしなかったので、新しく生やすことにした。

買い物だけのつもりだったのに、散々な目にあった。
寄り道せずにとっとと帰ろう。
ぼくが荷物を持とうとしたとき、彼女は言った。
ローズ「『魔法さえ使えたら』ね…。あんた、いつまで『神童』でいるつもりなの!?。」 バニラ「それは…あれは口から出まかせで、深い意味はないよ。」 ローズ「ふ~ん。じゃあ関係ないかもしれないけど、念のために言っておくわ。失ったものにいつまでも執着してるのって男らしくないわよ。」 バニラ「わかってるよ!。」 ローズは乱暴なところもあるけど、その反面で姉御肌なところもある。
きっとぼくの身になって考えてくれているのだろう。
そうは分かっているのだけど、なんだかイライラしてぶっきらぼうに答えてしまった。
その後はなんとなく居心地が悪いまま、二人は家路についてしまった。


後日、魔法学院へ立ち寄ったときに、偶然ローズと出くわした。
先日のことがあったけど、そこは幼馴染み、お互いもうとっくに気にもしていなかった。
彼女もその日の研究を終えたところだったので、一緒に帰ることにしたのだった。
石畳の道を二人で下っていく。

と、その時、視界に不吉な影が映る。
犬だ。
おでこに白い線。
忘れもしない、この前ぼくにひどいことをしたやつだ。
しかも、今度は3匹でつるんでいる。
ぼくの中に先日の恐怖と、同時に燃え上がるような闘志が湧き出してきた。
oto1{グルルルル…} 彼らはぼくに気づくと、すぐさま唸り声をあげた。
姿勢を低くして、今にもとびかからんばかりに威嚇している。

ローズ「あんたって本当に犬に大人気ね。下がってなさい、追っ払うから。」 ローズは肩のマントをまくって肩を出し、ロッドで素振りをしながら前に出る。
ぼくはそのマントを引っ張った。
oto1{グキッ!} 強く引っ張りすぎたかな?
ローズ「痛いわね! 急に何するのよ!。」 バニラ「ごめんごめん。それはそうと、ここはぼくに任せてほしい。」 ぼくはニヤっと笑ってみせる。
腑に落ちない表情をしつつも、彼女は前をゆずってくれた。

ぼくは犬たちから5メートルほど離れて正対した。
バニラ「待っていたよ、この時を。ぼくの顔を覚えているかい?。」 oto2{グルルルルル} 犬たちは歯をむき出し、口からよだれを流している。
犬っていうかもうオオカミみたいになってしまっている。
なんでぼくが相手だとこんなに凶悪な表情になるんだろうなあ…?
不条理を感じつつも、前に歩み出る。

左手で右手首を持つと、左右にまわしながら引っ張った。
oto1{きゅぽっ} まるでキャップを抜くように右手が抜ける。
奴に襲われた夜、ひそかに魔改造しておいた成果だ。
右手の断面から、腕よりやや細いパイプがせり出してくる。

oto1{ガウッ!ガウッ!} ぼくのやる気を察したのか、犬たちが一斉にとびかかってきた。
見てろよ。
ぼくは、右手からせり出しているパイプを犬に向けて構えた。
oto1{ポンッ、ポンッ} パイプからこぶし大の球体がいくつか、勢いよく飛び出す。
それは犬に当たるとはじけて中身の液体をまき散らした。
そう、飛び出したものは液体の詰まった水風船だった。
彼らは飛び散った液体でびしょ濡れになっていた。
犬たちは一瞬、面食らった様子で固まっていたが、そのうち急に苦しみだした。
oto2{ギャフッ!ゴフッ} バニラ「デーモンニンニクとオーガパクチーから抽出した、超くさ~いエキスだよ。嗅覚が鋭い君たちには地獄だろうね!。」 バニラ「でも安心して。健康には問題ないし、半日で取れるから。」 oto1{キャウン!キャウン!} 犬たちはたまらず逃げ出してしまった。
バニラ「ぼくは魔法がなくたって、ちゃんと犬に勝てるんだぞ!ぼくは魔改造でこれからもっと強くなるんだ!。」 ぼくがどや顔でローズを振り返ってみると、彼女は冷めたようなジト目で見ている
どうせ、「犬に勝っただけですごい喜びようね」とでも思っているんだろう。
見てろよ。
今にドラゴンだって倒せるように改造してみせるから!

ローズ「お喜びのところ申し訳ないんだけどさ。」 バニラ「ん?。」 ローズ「あんた、今すっごいクサイわよ。においが移るから近づかないでよね。」 ん?うーん、そういわれるとちょっとにおうかも。
ローズ「それに、どうすんのよソレ!。」 彼女は、さっきまで犬がいたあたりの地面を指さした。
水風船からまき散らされた液体でびっしょりぬれて、悪臭を放っている。
バニラ「犬を追っ払うことは考えてたけど、そのあとのことはぜ~んぜん考えてなかったなあ…。」 ローズ「考えてなかったなあじゃないでしょ! もう!。」 周りからざわざわというざわめきが聞こえる。
気づくと、辺りに人が集まりつつある。
ちょっとした異臭騒ぎになってしまったみたいだ。
バニラ「と、とりあえず退散しよう!。」 ぼくたちはダッシュでその場を立ち去った。

当然そのあと、ぼくはローズからこってりとお叱りを受けてしまった。
そしてせっかく開発したにおい玉は、二度と使わないと約束させられてしまった。

<おしまい>